初版序文

日本婦人科腫瘍学会は,「卵巣がん治療ガイドライン」に引き続き,「子宮体癌治療ガイドライン」,「子宮頸癌治療ガイドライン」の作成に着手し,昨年の「体癌」に続いてこのたび「頸癌治療ガイドライン」の発刊にこぎつけた。

わが国ではかねてから頸癌の治療は,例えばⅡb 期であれば,先人達により開発された根治性の高い術式である広汎子宮全摘出術を行い,その後放射線治療を追加するなどおおむね治療法が確立されているような感触があるが,実際にガイドラインを作成するとなると勝手は大いに違っていた。頸癌は,手術および術前・術後療法等の治療に関する信頼のおけるエビデンスが少なくかつレベルも高くないこと,わが国ではⅡ b 期は広汎子宮全摘出術が行われることが多いが,欧米では根治的放射線療法が選択されるなど国内外で治療法に相違があること,この数年で欧米を中心に同時化学放射線療法(CCRT)が評価されるに至ったが,エビデンスの点でわが国との乖離が大きいことなどが問題点となり,本書をまとめるのに 4 年もの歳月を要することとなった。

本ガイドライン作成の目的は,日常診療に携わる医師に対して,現時点でコンセンサスが得られ,最も妥当と考えられる頸癌の標準的な治療法を示すことにある。それにより頸癌の治療レベルの均霑化と治療の安全性や成績の向上を図ることが期待できる。ガイドラインとはあくまでも診療上の道しるべとなるものであって,これにより治療法自体を規制するものではない。実際の臨床における治療法の選択は,個々の医療機関の状況,患者の個別性や社会的背景等を勘案し,ガイドラインを参考にしたうえで医師の裁量で行われるべきものと考える。したがって,医事紛争や医療訴訟に本ガイドラインが利用されるようなことは私どもの本旨ではない。なお,本ガイドラインの記述内容に対しては日本婦人科腫瘍学会が責任を負うものとするが,治療結果に対する責任は直接の治療担当者が負うべきものと考える。

本ガイドラインの作成にあたっては,これまでと同様にガイドライン作成委員会と評価委員会を設置し,作成委員には頸癌の診療を専門的に行っている医師を全国から召集し,さらに放射線治療専門医と腫瘍内科医にも入っていただいた。作成形式は,体癌と同様に頸癌も治療に関するエビデンスが少なくレベルも低いこと,欧米との治療上のギャップも少なからず存在することなどから,頸癌の治療上の問題点を明らかにしそれに回答する「Q & A形式」を採用することにした。取り扱う対象は,子宮頸部に原発した各ステージの扁平上皮癌と腺癌,およびそれらの再発癌と妊娠合併頸癌とした。さらにこれらの治療に対応した 3 つのアルゴリズムを載せ,各項を「Q & A 形式」で記述した。すなわち,頸癌治療における現在の問題点を臨床的疑問点(クリニカルクエスチョン:CQ)として抽出し,各 CQ に対して国内外の文献を網羅的に収集し,各文献の構造化抄録を作成しエビデンスとして評価した。これらを十分に吟味したうえで,総合的な判断から CQ に対する答えを推奨として簡潔に記載しそのグレードを付記した。さらにその CQ に対する背景・目的と推奨に至るまでの経緯を解説として記述し,最後にエビデンスのレベルを付記した参考文献を載せた。エビデンスのレベルと推奨のグレードに関しては,「卵巣がん」や「子宮体癌」の治療ガイドラインとの整合性から,そこで用いたものをそのまま使用することにした。ガイドライン原案は,評価委員会での検討に次いで,大小計 4回にわたるコンセンサスミーティングにて専門家間の長時間にわたる論議を尽くす一方で,全学会員に提示され,これらの過程を通して多くの提言や助言を容れた。さらに婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構(JGOG)や日本産婦人科医会,日本産科婦人科学会にも提示され,ここでも多くの意見を採り入れたうえで,これらの学会の承認を得た。最終的には本年夏に開催された日本婦人科腫瘍学会理事会での審査・承認を経て,このたびの発刊に至った。

本ガイドラインを既版の「卵巣がん」「子宮体癌」のガイドラインと同様に実地医療の場で十分に活用していただきたいことはもちろんであるが,一方で本書は 3 年ごとの改訂によりグレードアップを図っていく予定であるので,今後も引き続き多くの方々からご批判やご助言をいただきたい。

終わりに,本ガイドラインの作成にあたり,長期にわたり献身的かつ無償のご尽力をいただいた八重樫伸生副委員長と井上芳樹,梅咲直彦両小委員長をはじめとした作成委員の先生方,編集にあたってご苦労をおかけした金原出版編集部の方々,膨大な原稿を収集・整理していただいた学会事務局の方々に深甚なる謝意を表します。

2007年9月

日本婦人科腫瘍学会子宮体癌治療ガイドライン作成委員会
委員長 宇田川 康博