腎癌診療ガイドライン作成の経緯および手順に関して

【腎癌診療の概要】

腎悪性新生物では,腎細胞癌(腎癌)が成人の腎実質に発生する悪性腫瘍の85〜90%を占める。したがって,本ガイドラインでは腎癌のみを対象とする

本邦の腎癌罹患数は2002 年には7,437 人(男性5,084 人,女性2,353 人)であり,人口10 万人あたり男性で8.2 人,女性で3.7 人である。1997 年の腎盂癌を除く腎悪性新生物による死亡数は3,883人(男性2,993 人,女性890 人)である。

腎癌の発生因子は,単一の危険因子としてではなく喫煙と肥満,高血圧といった因子が複合的に作用して発癌のリスクを高めていると考えられている。また,透析患者に発生する後天性嚢胞性腎疾患(ACDK)や,常染色体優性の遺伝性疾患であるvon Hippel-Lindau(VHL)病に腎癌が高率に合併することから,スクリーニングが勧められる。

腎癌の症状として,古典的な三徴,肉眼的血尿,腹部腫瘤,腰背部痛が知られているが,最近は無症状で発見される例が70%以上である。腎癌の早期発見には腹部超音波検査が有用で,確定診断としてCT 検査を施行する。これまで,赤沈,CRP などが予後を予測する因子であると報告されているが,腎癌診断に関し有用な腫瘍マーカーはない。また,サイトカイン時代における転移進行性腎癌の予後因子としてはMSKCC リスク分類が活用される機会が多い。

腎癌治療の原則は手術であり,小径腎癌に対しては腎部分切除術が推奨され,状況に応じてラジオ波焼灼術や腎凍結療法を考慮してもよい。腹腔鏡手術の進歩や長期成績に伴い,限局性腎癌に対する腹腔鏡下腎摘除術は標準術式とし,推奨される。また,下大静脈内腫瘍栓を有する症例や肝,腸管などの周囲臓器への浸潤を疑う症例を含めた限局浸潤性腎癌に対しては,腎摘除術あるいは浸潤臓器の合併切除を含めた腎摘除術が標準的な手術療法ではあるが,腫瘍縮小効果を期待した分子標的薬による術前補助療法も考慮される。また,画像上転移が疑われる場合はリンパ節郭清術や副腎摘除術が考慮される。なお,わが国において術後補助療法として有効性が示された治療法はなく,術後は再発リスクに応じたフォローアップが必要である。腎癌転移巣に対しては,performance status(PS)が良好で転移巣が切除可能な場合は,外科的手術が推奨される。また,脳転移や骨転移に対して放射線療法が有効な場合もある。

腎癌は,宿主の免疫応答が腫瘍増殖に大きく影響を及ぼしていていると考えられており,従来,インターフェロンやインターロイキン2 などのサイトカイン療法が転移進行性腎癌に対する全身療法として位置づけられてきた。近年,分子標的治療薬の開発は目覚ましいものがあり,現時点(2011年10 月)でわが国においても,ソラフェニブ,スニチニブ,エベロリムス,テムシロリムスが保険適用となった。いずれの薬剤も腫瘍縮小効果や生存期間の延長が期待されるが,特有な有害事象を認めることからも,使用にあたっては十分な注意が必要である。なお,欧米では大規模なRCT の結果をもとにMSKCC リスク分類や病理組織型による薬物治療アルゴリズムが提唱されているが,わが国ではエビデンスがまだ乏しく,各患者の状態を考慮して薬剤を選択する必要がある(表1)。

表1 進行性腎癌に対する薬物治療の選択基準
 
MSKCC リスク分類
または前治療
推奨治療
1 次治療 低or 中リスク インターフェロンα(+低用量インターロイキン2)
(肺)
インターロイキン2
スニチニブ
ソラフェニブ
高リスク テムシロリムス
スニチニブ
2 次治療 サイトカイン抵抗性 ソラフェニブ
スニチニブ
チロシンキナーゼ
阻害薬抵抗性
エベロリムス
mTOR 阻害薬抵抗性 臨床試験など

2011 年10 月現在 わが国における保険適用承認薬に基づく
腎癌診療ガイドライン2011 年版作成委員により作成

Ⅰ ガイドライン作成の目的

腎癌に関してevidence based medicine(EBM)の手法,すなわち「個々の患者の医療判断の決定に,最新で最善の根拠を良心的かつ明瞭に,思慮深く利用する手法」に基づいて,効果的・効率的な診療を体系化することを目的とした。

Ⅱ 利用の対象者

本ガイドラインは,一般実地医および一般泌尿器科医ならびに一般市民を対象とする。

Ⅲ 作成の経緯

日本泌尿器科学会では,泌尿器がんに対するガイドライン作成および改訂を進めており,その一環として腎癌ガイドライン改訂版に関して,平成21 年7 月に委員の改選および追加を行い,岩手医科大学泌尿器科・藤岡知昭教授を委員長として,委員15 名,事務局1 名の構成で「腎癌診療ガイドライン(2011 年版)作成委員会」を組織した。

Ⅳ 作成方法

本ガイドラインは「日本癌治療学会・がん診療ガイドライン作成の手引き」に基づいて作成した。はじめに初版のクリニカルクエスチョン(CQ)を見直し,変更と追加を行った。その結果,危険因子・予防に関する2 項目,診断に関する5 項目,外科療法・局所療法に関する9 項目,全身治療に関する7 項目,フォローアップに関する1 項目の計24 項目のCQ を設定した。各CQ に対して,文献検索のためのkey word を設定し,PubMed および医学中央雑誌を用いて検索した。検索にあたっては,日本図書館協会の協力も得て行った。また,重要な知見の得られた文献に関しては,各委員の裁量で適宜追加を行った。

各CQ に関して必要な文献を抽出したのち,各CQ に対する本文作成,すなわち推奨グレード,根拠,解説を作成した。各CQ で新たに引用された文献に対しては,各委員および協力委員により,批判的吟味を加えた構造化抄録の作成を行った。

なお,エビデンスレベルおよび推奨グレードは初版と同様に「ガイドライン作成の手引き」に準じて設定したが(表34),エビデンスが少ない,もしくはエビデンスレベルの低いCQ に対する推奨グレードの決定には,作成委員会の議論およびその合意を反映する(Consensual recommendation)こととした。なお,本ガイドライン公開にあたっては,内部委員の評価を受けている。

Ⅴ 本ガイドライン使用時の留意点

ガイドラインは,あくまで作成時点で最も標準的と考えられる指針であり,実際の診療行為を決して規制するものではなく,その使用にあたっては診療環境の状況(人員,経験,設備など)や個々の患者の個別性を加味して,柔軟に使いこなすべきものである。また,ガイドライン記述の内容に関しては学会が責任を負うが,診療結果に関する責任は直接の診療担当者に帰属すべきもので,学会は責任を負うべきものではなく,保険医療の審査基準,さらに医事紛争や医療訴訟の資料として用いることは,診療ガイドラインの目的から逸脱することは言うまでもない。また,エビデンスの根幹をなす文献検索において,日本人としての特性等を考慮すればわが国からの文献を主体とするべきであるが,わが国で行われた大規模なRCT(Randomized Controlled Trial)は少なく,エビデンスレベルの観点から欧米からの文献が主体となった。したがって,本ガイドラインは必ずしもわが国の実情を反映していないという可能性に配慮する必要がある。

Ⅵ 公開

本ガイドラインは広く利用されるために,出版物として公表し,日本泌尿器科学会誌ならびに各種学術出版物にその概要を掲載するとともに,日本癌治療学会,日本泌尿器科学会およびMinds のホームページから,医療従事者と一般市民に向けて公開する。また,構造化抄録については日本泌尿器科学会のホームページで公開する。

Ⅶ 利益相反

本ガイドラインの作成ならびに評価を担当した委員は,特定の利益団体との関与はなく,委員相互の利害対立もないことが確認されている。作成に要した費用は,日本泌尿器科学会の疾患ガイドライン作成助成金により賄われた。

Ⅷ 今後の予定

公表後,泌尿器科学会を中心に,各関係者から内容・構成ならびに使用上の問題点などの評価を受け,3 年後には最新知見を勘案して改訂作業を行う予定である。

表3 腎癌診療ガイドラインで採用している推奨グレード
  腎癌診療ガイドラインでは作成メンバーの合意に基づき,推奨グレードをA〜D の5 段階で設定する。
A 十分なエビデンスがあり,推奨内容を日常診療で実践するように強く推奨する。
B エビデンスがあり,推奨内容を日常診療で実践するように推奨する。
C1 エビデンスは十分とはいえないが,日常診療で行ってもよい。
C2 エビデンスは十分とはいえないので,日常診療で実践することは推奨しない。
D 患者に害悪が及ぶ可能性があるというエビデンスがあるので,日常診療で実践しないように推奨する。
表4 腎癌診療ガイドラインで採用しているエビデンスレベル
level 治療/予防 診断 予後
1a 均質なRCT の系統的レビュー レベル1b の診断研究の均質な系統的レビュー,あるいは複数の異なる医療施設で行われたレベル1b 研究を基にした臨床決断則 均質なコホート研究の系統的レビュー,あるいは複数の異なる集団で妥当性が検証された臨床決断則
1b 個々のRCT(信頼区間の狭いもの) 適切な参照基準を用いた妥当性確認目的のコホート研究,あるいは1 施設で試みられた臨床決断則 追跡率80%以上の個々のコホート研究,もしくは1 つの集団で妥当性が検証された臨床決断則
1c 全てか無か(all or none) SpPin(a high Specificity, a Positive result rules in:診断法の特異度が十分高く検査が陽性の場合に疾患ありと判定できる),SnNout(a high Sensitivity, a Negative rules out:診断法の感度が十分高く検査が陰性の場合に疾患なしと判定できる) 対象全員が生存しているかあるいは全員が死亡しているような症例集積
2a 均質なコホート研究の系統的レビュー レベル2b 以上の均質な診断研究の系統的レビュー 均質な後ろ向きコホート研究かRCT における非治療の対照群の系統的レビュー
2b 個々のコホート研究もしくは質の低いRCT 適切な参照基準を用いたコホート研究,あるいは研究結果から導かれたもしくはデータベースのみで妥当性が検証された臨床決断則 後ろ向きコホート研究,あるいはRCT における非治療の対照群の追跡研究もしくは研究結果から導かれた臨床決断則
2c アウトカム研究,エコロジー研究   アウトカム研究
3a 均質なケースコントロール研究の系統的レビュー 均質な3b 以上の研究の系統的レビュー  
3b 個々のケースコントロール研究 研究対象となる患者を連続的に組み入れていない研究,または基準診断法が対象者すべてには行われていない研究  
4 ケースシリーズ(および質の低いコホート研究,ケースコントロール研究) 症例対照研究,不適切な参照基準を適用しているもの 症例集積研究と質の低いコホート研究
5 明確な徹底的吟味のない専門家の意見,生物学的研究結果,最初の観察 明白な批判的吟味のない,あるいは生理学や実験室での研究,根本原理に基づく専門家の意見 明白な批判的吟味のない,あるいは生理学や実験室での研究,根本原理に基づく専門家の意見