大腸がん治療ガイドライン
総論

1.目的

厚生労働省の人口動態統計によれば,わが国の大腸癌死亡数は増加し続けており,2012 年の大腸癌死亡数は4 万7 千人を超え,女性の全悪性新生物による死亡のなかで最多である。男性では,肺癌,胃癌に次いで多く,胃癌と大腸癌の死亡率の差は過去数年間で徐々に縮まってきている。このような状況のなかで,大腸癌の治療成績を向上させることは国民にとって非常に重要な課題となっている。そこで大腸癌治療ガイドライン(以下,本ガイドライン)は,さまざまな病期・病態にある大腸癌患者の診療に従事する医師(一般医および専門医)を対象として,以下の(1)から(4)を目的として作成された。

  1. (1)大腸癌の標準的な治療方針を示すこと
  2. (2)大腸癌治療の施設間格差をなくすこと
  3. (3)過剰診療・治療,過小診療・治療をなくすこと
  4. (4)一般に公開し,医療者と患者の相互理解を深めること

本ガイドラインの作成効果として,①日本全国の大腸癌治療の水準の底上げ,②治療成績の向上,③人的・経済的負担の軽減,④患者利益の増大に資すること,が期待される。

2.使用法

本ガイドラインは,文献検索で得られたエビデンスを尊重するとともに,日本の医療保険制度や診療現場の実状にも配慮した大腸癌研究会のコンセンサスに基づいて作成されており,診療現場において大腸癌治療を実践する際のツールとして利用することができる。具体的には,個々の症例の治療方針を立てるための参考となることのほかに,患者に対するインフォームド・コンセントの場でも活用できる。ただし,本ガイドラインは,大腸癌に対する治療方針を立てる際の目安を示すものであり,記載されている以外の治療方針や治療法を規制するものではない。本ガイドラインは,本ガイドラインとは異なる治療方針や治療法を選択する場合にも,その根拠を説明する資料として利用することもできる。

本ガイドラインの記述内容については大腸癌研究会が責任を負うものとするが,個々の治療結果についての責任は直接の治療担当者に帰属すべきもので,大腸癌研究会およびガイドライン委員会は責任を負わない。

3.対象

本ガイドラインの利用対象者は,大腸癌診療に携わる全ての臨床医が中心である。

4.作成法

1)作成の経過

大腸癌研究会において,2003 年にガイドラインプロジェクト研究として,大腸癌治療ガイドラインの作成作業が開始された。作成されたガイドライン(案)は評価委員会での評価を経て,2005 年7 月に『大腸癌治療ガイドライン医師用2005 年版』として刊行された。その後,改訂版として2009 年7 月に『大腸癌治療ガイドライン医師用2009 年版』が刊行された。さらにその後,抗EGFR 抗体薬の保険償還や,その使用の際のKRAS 遺伝子検査が保険適応となるなどの変化があり,2010 年7 月に『大腸癌治療ガイドライン医師用2010 年版』が刊行された。『大腸癌治療ガイドライン医師用2010 年版』の発刊後には,新たなガイドライン作成委員会により改訂版の作業が開始された。多くの会議を経て改訂版の原案が作成され,2013 年6 月に評価委員会に提出された。また,2013 年7 月の第79 回大腸癌研究会では公聴会を開催し,その後大腸癌研究会ホームページでも改訂点を掲載して広く意見を求めた。それらを参考にさらなる修正を行い,2014 年1 月に『大腸癌治療ガイドライン医師用2014 年版』を刊行するに至った。

2)作成の原則

本ガイドラインは,大腸癌の標準的な治療方針の理解を助けるために各種治療法と治療方針の根拠を示すが,各治療法の技術的問題には立ち入らない。

3)記載方法

治療方針のアルゴリズムを提示し,それに関する解説を簡潔に記載し,さらに解説が必要な事項に関してはコメントを追加するという,初版のコンセプトを継承した。2009 年版より,ガイドライン作成委員会の合議のもとに,議論の余地のある課題をclinical question(CQ)として取り上げ,推奨文を記載する形式も併用した。2014 年版では,この形式を継承し,かつ,CQ については2010 年版刊行以降の知見を踏まえ,CQ の修正・追加を行った。

4)CQ のエビデンスのレベル・推奨の強さ

CQ に対する推奨文には,下記の作業によって決定したエビデンスのレベル,推奨の強さを付記した。

4-1)エビデンスのレベル

CQ に関する論文を網羅的に収集し,CQ が含む重大なアウトカムに関して個々の論文が提示するエビデンスを研究デザイン1)でグループ分けし,GRADE* システム2-21)を参考にして文献レベル・エビデンス総体を評価し(表1),最終的にCQ のエビデンスのレベルを決定した(表2)。


*GRADE:The Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation

表1 文献レベルの分類法・エビデンス総体の評価方法
第1 ステップ(各論文の評価):研究デザイン,バイアスリスク評価,構造化抄録作成
第2 ステップ(アウトカムごと,研究デザインごとの蓄積された複数論文の総合評価):

① 初期評価:各研究デザイン群の評価

  • システマティックレビュー群,メタ解析群,無作為化比較試験群=「初期評価レベルA」
  • 観察研究群,コホート研究群,ケースコントロール研究群=「初期評価レベルC」
  • 症例集積群,症例報告群=「初期評価レベルD」

② エビデンスレベルを下げる要因の有無の評価

  • バイアスリスク(risk of bias)がある。
  • 結果に非一貫性(inconsistency)がある。
  • エビデンスの非直接性(indirectness)がある。
  • データが不精確(imprecision)である。
  • 出版バイアス(publication bias)の可能性が高い。

③ エビデンスレベルを上げる要因の有無の評価

  • 大きな効果があり,交絡因子がない。
  • 用量-反応勾配がある。
  • 可能性のある交絡因子が,真の効果をより弱めている。

④ 上記①→②→③の順に評価して最終的なエビデンス総体を判定した。

表2 CQ のエビデンスのレベルの定義
エビデンスレベルA(高): 効果の推定値に強く確信がある。
エビデンスレベルB(中): 効果の推定値に中程度の確信がある。
真の効果は,効果の推定値におおよそ近いが,それが実質的に異なる可能性もある。
エビデンスレベルC(低): 効果の推定値に対する確信は限定的である。
真の効果は,効果の推定値と,実質的に異なるかもしれない。
エビデンスレベルD(非常に低): 効果の推定値がほとんど確信できない。
真の効果は,効果の推定値と実質的におおよそ異なりそうである。
4-2)推奨の強さ

上記の作業によって得られたアウトカムとエビデンスのレベルをもとに推奨文案を作成し,ガイドライン作成委員によるコンセンサス会議において推奨文案を評価し,推奨の強さを決定した。

推奨文案について,①エビデンスの確かさ,②患者の嗜好,③益と害,④コストの4 項目に分けて,Delphi 法に準じた投票による評価を行い,委員の70%以上の意見の一致をもって合意形成と判定し,エビデンスのレベルと投票の評点を含めた総合的な評価から推奨の強さ(表3)を決定した。なお,一回の投票で合意形成に到達しなかった場合は,投票結果を開示しつつ日本の医療状況を加味した再協議を行い,合意形成に至るまで協議と投票を繰り返したが,合意形成に至らないCQ には推奨の強さを表記しなかった

表3 CQ の推奨の強さ
推奨度  
1(強い推奨) “実施する”ことを推奨する。
“実施しない”ことを推奨する。
2(弱い推奨) “実施する”ことを提案する。
“実施しない”ことを提案する。

5.文献検索法

はじめに以下の12 の大項目について文献検索した後,必要に応じて検索式を立て直して検索を行った。

①大腸癌の内視鏡治療,②Stage 0〜Stage Ⅲ 大腸癌の治療,③Stage Ⅳ 大腸癌の治療,④大腸癌肝転移の治療,⑤大腸癌肺転移の治療,⑥大腸再発癌の治療,⑦大腸癌の補助化学療法,⑧大腸進行再発癌の化学療法,⑨大腸癌の補助放射線療法,⑩大腸癌の緩和的放射線療法,⑪大腸癌の緩和医療,⑫大腸癌手術後のサーベイランス。

前版の採択文献に加える最新の文献を調査するため,PubMed および医学中央雑誌インターネット版を検索データベースとし,両データベースの2008 年1 月より2012 年5 月までの英語および日本語の文献を検索した。

検索は4 名の医学図書館員が分担し,2012 年5 月を検索日として各項目の担当委員と相談しながら検索式を立てて文献を抽出した。また,必要に応じてUpToDate などの二次資料および用手検索で抽出した文献も追加して批判的に吟味し,会議録やガイドラインなども適宜採用した。

各項目の選択文献数は資料 表1のとおりであり,前版の文献検索で抽出された8,043 文献(PubMed 5,305 文献,医中誌2,738 文献)に加え,今版での文献検索で抽出された2,917 文献(PubMed 2,088 文献,医中誌829 文献)から研究デザインを基に選択した2,213 文献を入手して全文を批判的に吟味した。エビデンスの評価は,表1 の文献レベルの分類法,エビデンス総体の評価方法を用いてCQ ごとに行った。

6.改訂

本ガイドラインは,原則として4 年を目途に大腸癌研究会のガイドライン委員会を中心組織として改訂を行う。ただし,治療方針に重大な影響を及ぼす新知見が確認された場合は,改訂に先んじて速報を出すなどの対応を考慮するものとする。

7.公開

本ガイドラインが日本全国の診療現場で広く利用されるために,小冊子として出版し,学会等のホームページで公開する。

2014 年1 月現在公開されているウェブサイト。

8.一般向けの解説

一般人が大腸癌治療の理解を深めること,患者・医師の相互理解や信頼が深まることを期待して,2006 年1 月に『大腸癌治療ガイドラインの解説』を出版し,2009 年1 月には『大腸癌治療ガイドラインの解説』の改訂版を出版した。その概要を大腸癌研究会とMinds のホームページで公開中である。現在「大腸癌治療ガイドライン2014 年版」を基にして『大腸癌治療ガイドラインの解説』の改訂作業を行っている。

9.資金

本ガイドラインの作成に要した資金は大腸癌研究会の支援によるものであり,その他の組織や企業からの支援は一切受けていない。

10.利益相反

1 )ガイドライン作成委員,ガイドライン評価委員の自己申告により利益相反の状況を確認した結果,申告された企業は下記の如くである。

アストラゼネカ株式会社,エーザイ株式会社,大製薬株式会社,小野薬品工業株式会社,オリンパスメディカルシステムズ株式会社,株式会社ヴァンメディカル,株式会社シナジー,株式会社ツムラ,株式会社ヤクルト本社,川澄化学工業株式会社,コヴィディエン ジャパン株式会社,塩野義製薬株式会社,第一三共株式会社,大鵬薬品工業株式会社,武田薬品工業株式会社,中外製薬株式会社,日本イーライリリー株式会社,ノバルティス ファーマ株式会社,バイエル薬品株式会社,ファイザー株式会社,ブリストル・マイヤーズ株式会社,メルクセローノ株式会社

2 )利益相反に対する対策

委員会は,外科,内科,放射線科,病理等の多分野の構成とし,意見の偏りを最小限にした。さらに,すべての推奨決定は各担当ではなく全員投票とし,コンセンサスを重視した。

11.文献

1) 福井次矢,吉田雅博,山口直人編: Minds 診療ガイドライン作成の手引き2007.医学書院,東京,2007

2) 相原守夫,三原華子,村山隆之,他: 診療ガイドラインのためのGRADE システム.凸版メディア,弘前,2010

3) Atkins D, Best D, Briss PA, et al; The GRADE* Working Group: Grading quality of evidence and strength of recommendations. BMJ 2004; 328: 1490-1494 printed, abridged version

4) Guyatt GH, Oxman AD, Vist G, et al; GRADE Working Group: Rating quality of evidence and strength of recommendations. GRADE: an emerging consensus on rating quality of evidence and strength of recommendations. BMJ 2008; 336: 924-926

5) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al; GRADE Working Group: Rating quality of evidence and strength of recommendations: What is“ quality of evidence”and why is it important to clinicians? BMJ 2008; 336: 995-998

6) Schünemann HJ, Oxman AD, Brozek J, et al; GRADE Working Group: Grading quality of evidence and strength of recommendations for diagnostic tests and strategies. BMJ 2008; 336: 1106-1110

7) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al; GRADE Working Group: Rating quality of evidence and strength of recommendations: Incorporating considerations of resources use into grading recommendations. BMJ 2008; 336: 1170-1173

8) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al; GRADE Working Group: Rating quality of evidence and strength of recommendations: Going from evidence to recommendations. BMJ 2008; 336: 1049-1051

9) Jaeschke R, Guyatt GH, Dellinger P, et al; GRADE Working Group. Use of GRADE grid to reach decisions on clinical practice guidelines when consensus is elusive. BMJ 2008; 337: a744

10) Guyatt G, Oxman AD, Akl EA, et al: GRADE guidelines: 1. Introduction-GRADE evidence profiles and summary of findings tables. J Clin Epidemiol 2011; 64: 383-394

11) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al: GRADE guidelines: 2. Framing the question and deciding on important outcomes. J Clin Epidemiol 2011; 64: 395-400

12) Balshem H, Helfand M, Schunemann HJ, et al: GRADE guidelines: 3. Rating the quality of evidence. J Clin Epidemiol 2011; 64: 401-406

13) Guyatt GH, Oxman AD, Vist G, et al: GRADE guidelines: 4. Rating the quality of evidence--study limitations(risk of bias). J Clin Epidemiol 2011; 64: 407-415

14) Guyatt GH, Oxman AD, Montori V, et al: GRADE guidelines: 5. Rating the quality of evidence--publication bias. J Clin Epidemiol 2011; 64: 1277-1282

15) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al: GRADE guidelines: 6. Rating the quality of evidence imprecision. J Clin Epidemiol 2011; 64: 1283-1293

16) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al; GRADE Working Group: GRADE guidelines: 7. Rating the quality of evidence--inconsistency. J Clin Epidemiol. 2011; 64: 1294-1302

17) Guyatt GH, Oxman AD, Kunz R, et al; GRADE Working Group. GRADE guidelines: 8. Rating the quality of evidence--indirectness. J Clin Epidemiol 2011; 64: 1303-1310

18) Guyatt GH, Oxman AD, Sultan S, et al; GRADE Working Group. GRADE guidelines: 9. Rating up the quality of evidence. J Clin Epidemiol 2011; 64: 1311-1316

19) Brunetti M, Shemilt I, Pregno S, et al.; GRADE guidelines: 10. Considering resource use and rating the quality of economic evidence. J Clin Epidemiol 2013; 66: 140-150

20) Guyatt G, Oxman AD, Sultan S, et al: GRADE guidelines: 11. Making an overall rating of confidence in effect estimates for a single outcome and for all outcomes. J Clin Epidemiol 2013; 66: 151-157

21) Guyatt GH, Oxman AD, Santesso N, et al: GRADE guidelines: 12. Preparing summary of findings tables-binary outcomes. J Clin Epidemiol 2013; 66: 158-172