総論

1. 目的

本ガイドラインの目的は,『わが国で行われている甲状腺腫瘍の診療を基礎にエビデンスに基づいたガイドラインを作成し現状での標準診療を明らかにするとともに,将来に向けてあるべき理想の診療方法を提示する』ことであり,これにより『甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めること』である。

甲状腺腫瘍は内分泌腺に発生する腫瘍として最も多く,その診断と治療には専門的な知識と技量を要する。しかし,国内外を通じてランダム化比較試験をはじめとする質の高いエビデンスの蓄積が少ない。さらにわが国における分化癌の治療方針が諸外国と異なっているなどの事情もあり,専門医の間でも診断法や管理方針の判断にはばらつきがある。一方,最もありふれた内分泌疾患であるがゆえに,専門としない臨床医が対応することも多く,診療のばらつきは妥当な範囲を超えてしまう可能性がある。これらのことは,①甲状腺癌の見逃しあるいは過少治療を招き,癌の再発や癌死を増加させる,あるいは②過大治療に伴う合併症により,治療後の生活の快適さを損ねる,といった健康アウトカムを悪化させることにつながる。臨床医学に不確実さは避けられないが,利用可能なエビデンスに基づいて推奨される診療内容を提示し,わが国における甲状腺腫瘍診療の質を向上させて,患者に最善のアウトカムをもたらすことを本ガイドラインは目指している。

2.利用にあたっての注意点

本ガイドラインは,現時点で利用可能なエビデンスに基づいて作成された診療の指針であるが,実際の診療でその指針に従うことを強制するものではない。また,診断や治療について記載されていない管理方針を制限するものでもない。いわゆるEBM でいうエビデンスとは診断の確実さや治療効果あるいは予後といった,臨床における不確実さを数値で表したものである。臨床の現場では多くのことに100%の確信をもてないので,行動の決断には定量化された不確実さが役立つ。一方で,不確実であるからこそエビデンスに基づいた判断が最善の結果をもたらすとは限らない。正確なエビデンスを知っていることは専門医にとって必須であるが,病歴や身体所見そして検査所見から得られる目の前の患者の個性ともいうべき特徴を十分に把握することも,適切な臨床判断には不可欠である。

なお,臨床判断の内容によっては利用可能なエビデンスが乏しいことも多く,このような事柄については作成委員会でのコンセンサスを得るように努めた。しかし一部には作成委員会内でも十分なコンセンサスを得たとは言い難い課題もある。したがって,主治医は本ガイドラインを参考に患者の状況や希望を考慮して診療方針を決定すべきである。臨床の場でこのガイドラインが一人歩きしないように切に願うものである。

本ガイドラインの記述内容に関しては,作成委員会ならびに日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会が責任を負うが,実際の治療結果についての責任は治療担当者が負うべきものである。

3.対象とする患者

本ガイドラインが対象とするのは甲状腺腫瘍,すなわち良性腫瘍(腺腫あるいは腺腫様甲状腺腫)または悪性腫瘍(乳頭癌,濾胞癌,髄様癌,低分化癌,そして未分化癌)を有する患者である。悪性リンパ腫が甲状腺腫瘍として生じることがあるが,その治療については主に血液科ないし腫瘍内科で行われることが多いので,ここでは扱わない。また,極めて稀な甲状腺腫瘍についても対象外とした。

4.対象とする利用者

本ガイドラインの利用者として甲状腺を取り扱う専門の医師を想定したが,専門としない臨床医にも利用可能なガイドラインとすることを心がけた。そのため専門家には「常識」である基本的な問題も取り上げた。

5.作成過程

(1) 作成の主体

本ガイドラインは,日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会が主体となって開発を提案し作成した。作成委員会の委員は一覧表(作成委員会参照)に示したが外科,耳鼻(頭頚)科の医師を中心に放射線科,病理,内科など幅広い分野の医師・専門家が参加した。2008 年10 月15 日に第1 回の委員会を開催し,2010 年4 月11 日の第7 回委員会でガイドライン最終案を完成した。

(2) 作成の方法

これまでにわが国で開発された「がん診療ガイドライン」の多くがそうであるように,エビデンスに基づくガイドラインの作成を目指した。具体的な手順は日本医療機能評価機構の医療情報サービスMindsが公開している「診療ガイドライン作成の手引き2007」に準拠した。クリニカルクエスチョン(clinicalquestion;CQ)を設定し,それぞれのCQ に対して文献を検索・通覧して利用可能なエビデンスの構造化抄録を作成し,委員会での検討を経て,推奨文と解説文を決定した。

① クリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)

甲状腺腫瘍に関する臨床上の問題を疫学,診断・非手術的管理,組織型別治療方針(乳頭癌,濾胞性腫瘍,髄様癌,低分化癌,未分化癌),放射線治療,分化癌進行例の外科治療,術後経過観察・切除不能例の領域に分けた。第1 回作成委員会でそれぞれの領域のCQ 立案を委員に依頼し,第2 回作成委員会で,186 のCQ 案より55 のCQ と19 のコラム(重要な事項であるがCQ として設定しづらいもの)を最終的に選定した。

② 網羅的文献検索

各CQ の文献検索をNPO 法人日本医学図書館協会に一括依頼し,1998 年1 月から2009 年3 月までの文献を検索した。検索データベースはPubMed,医中誌WEB およびJMEDPlus である。各委員はこの検索結果を参照し,さらに各自が二次情報源も含めたハンドサーチにてこの期間(一部のものは2009 年12 月)の文献を追加して文献検索を完了した。各CQ の検索式の詳細は金原出版発行の『甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2012年版』誌に付録しているCD-ROM に収載した。

文献検索にご協力いただいた日本医学図書協会の方々は次のとおりである。

河合富士美 (聖路加国際病院医学図書館)
大谷 裕 (東邦大学医学メディアセンター)
三浦 裕子 (東京女子医科大学図書館)
安田多香子 (愛知県がんセンター図書室)
山口直比古 (東邦大学医学メディアセンター)
山舘 優子 (岩手医科大学附属図書館)
渡辺 由美 (日本医科大学図書館)

③ 利用する文献の選択と構造化抄録の作成

文献検索のリストからタイトルや抄録(要約)を参照し,関連ないと判断できるものを除外,利用可能と思われる文献については全文を読み内容を吟味した。文献の批判的吟味を統一して行うため,委員会では EXCEL を利用して文献の批判的吟味シート(critical appraisal sheet;CAS)を作成・配布した。採用した文献の吟味シートを構造化抄録とした。

④ エビデンスの評価と採用基準

エビデンスのレベル分類はSackett が1986 年に提唱して以来,EBM におけるコミュニケーションのツールとして,修正を重ねながら広く使われている。多くの診療ガイドラインでも採用するエビデンスの評価法としてレベル分類が利用されている。しかし本ガイドラインの作成にあたっては,下記に示す理由によりレベル分類は使用せず,各エビデンスの研究デザインを文献欄に表記することとした。

  • 「Minds 診療ガイドライン作成の手引き」にもエビデンスレベル分類例が紹介されているが,治療・予後・診断ごとに非常に細かくなっており,ユーザーにとっても開発者にとっても使いにくい(覚えることは不可能で効率のよいコミュニケーションはできない)ものである。
  • しかも,それらは研究デザインを基にした分類であり,「レベルI」などと表現するよりも,研究デザインそのものを示すほうが伝達しやすい。
  • さらに,エビデンスの質は研究デザインのみでなく内的・外的妥当性を十分に吟味したうえで判定すべきものである。

エビデンスを採用するかどうかの判断にあたっては,その質を最も問うべきである。ただし,妥当性の吟味はそれぞれの研究で個別性が高く,統一的な選択基準は設定しなかった。

⑤ 各CQ に対する回答の推奨グレードとその分類

それぞれのCQ に対する回答は,まず推奨文の形で述べてある。これを日々の臨床でどの程度利用・実践すべきか,その推奨度を6 段階に分け,推奨グレードとした。この推奨グレードは「医療行為を伴わない」CQに対しても示してあるが,この場合は回答の「妥当性」を示す度合いと考えて差し支えはない。

各CQ の推奨文および推奨グレードについては作成委員会で議論を重ね,コンセンサスを得て決定した。

6.ガイドラインの妥当性に対する作成委員会外部からの評価

(1) 公聴会および学会報告

下記のごとく3 回にわたって公聴会あるいは学会報告を行い,本領域に携わる医師たちの意見を広く求めて本ガイドランの校正に反映させた。

  • 第42 回日本甲状腺外科学会(2009 年10 月16 日)にてシンポジウム形式の公聴会を開催
  • 第52 回日本甲状腺学会専門医教育セミナー(2009 年11 月3 日)にて「甲状腺腫瘍のガイドライン作成」を発表
  • 第22 回日本内分泌外科学会(2010 年6 月12 日)にて特別報告として「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」の詳細について報告

(2) 臨床エキスパートによる評価

本ガイドラインが出版された後,甲状腺腫瘍の臨床に造詣の深い専門医数名より評価を受け,その意見を改訂時に反映させる予定である。

(3) 外部審査

ガイドライン公開後ではあるが,日本癌治療学会のがん診療ガイドライン評価委員会による外部評価を受ける予定である。

7.ガイドライン公開後の評価(モニタリング・監査)

本ガイドライン公開後,その目的である『甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めること』が達成できているかどうかを評価する必要がある。患者の健康アウトカムが高まっているかどうかを直接測定することは困難であるが,以下に示す領域を評価することがガイドラインに対する監査となる。

領域 評価項目 測定・評価法
甲状腺腫瘍診療の質 甲状腺腫瘍の術式,術後治療に関する診療
のばらつき
National Clinical Database(日本外科学会, 日本内分泌外科学会)
  甲状腺腫瘍の手術合併症 National Clinical Database(日本外科学会, 日本内分泌外科学会)
  甲状腺癌の治療予後 National Clinical Database(日本外科学会, 日本内分泌外科学会)
  甲状腺腫瘍の術式,術後治療に関する知識
のばらつき
日本内分泌外科学会専門医試験
患者の視点 診療内容 患者へのアンケート
ガイドライン 利用のしやすさ 利用者へのアンケート

8.改訂版作成の予定

作成委員会はガイドライン公開後も活動を継続する。厚生労働科学研究費補助金 がん臨床研究事業「がん診療ガイドラインの作成(新規・更新)と公開の維持およびその在り方に関する研究」での分担研究と共同して上記に示したモニタリング・監査を行うとともに,関連するエビデンスの集積に努め,3〜4 年後を目途に改訂する予定である。

9.資金

このガイドライン作成に要した資金は日本甲状腺外科学会および日本内分泌外科学会の負担によるものである。

10.利益相反

各作成委員に本ガイドライン作成における利益相反について報告してもらったが,利益相反(日本癌治療学会「がん臨床研究の利益相反に関する指針」)に該当する事実は認められなかった。