刊行に寄せて

がんは日本人の死亡原因の中で長年にわたり1 位であり,今では約3 割を占めている。人口の高齢化によりこの割合は年々増加している。したがって,日本人にとってがん対策はもっとも重要な課題であることは論を待たない。がんの薬物治療は広く行われているが,多くの抗がん薬は様々な臓器と深い関連を有しており,この連関を十分理解することが,効果的ながん薬物療法を成功させるうえで必須である。残念ながらこれまで,個別の臓器との連関でがん薬物療法のガイドラインが作成されたことはなかった。特に抗がん薬が腎臓との関連が深いことは,多くの関係者が認識しているところである。しかしこれまでがんの薬物療法において腎臓との関連を系統的に記述したガイドラインは皆無であった。

腎障害については慢性腎臓病(CKD)の概念とともに,急性腎障害(AKI)の概念が近年急速に普及してきており,腎機能の評価法やバイオマーカーの開発などとも併せて,新しい展開がみられている。

このような背景の中で,日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会の共同事業として「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2016」が刊行されることは,がん薬物療法の進展に大きな一歩を記すことになり,極めて意義深くまたタイムリーでもある。まさに,関係者にとって待望の書であるといえる。本書ががん治療に関わっておられるすべての人にとって適切かつ有効に利用されることを心から望む次第である。

最後に,本ガイドラインの作成に関わられた皆様方に心から感謝を表します。

一般社団法人 日本腎臓学会理事長
名古屋大学総長
松尾 清一


高齢化が進むわが国において,がん薬物療法を行う医師が,併存疾患による臓器障害を持つがん患者を診察する機会が増えてきているにもかかわらず,腎障害を持つがん患者に対する適切ながん薬物療法に関する情報は未だ十分ではない。慢性腎臓病(CKD)における抗がん薬の投与に関しては,大半の薬剤の添付文書にも明確な投与法が記載されていないのが現状である。一方,腎障害はがん薬物療法において惹起される重要な有害事象でもあるが,腎障害予防のためのレジメンのmodification が,それぞれの医師の経験や施設の慣習で行われているのが現状である。

本ガイドラインにおいては,まず抗がん薬の投与量を決定するのに必要な腎機能の評価方法から始まり,続いて腎機能の低下した患者における,シスプラチンを代表とするがん薬物療法時の支持療法について記載した。また維持透析患者や特殊な合併症における支持療法についても言及し,現場の日常診療に貢献できるものと考える。

日本癌治療学会は領域・職域横断的な学術団体の責務として,さまざまな臓器のがん治療に共通する支持療法のガイドライン策定に携わってきた。今回,腎機能障害のある患者の治療の質の向上に寄与する本ガイドライン策定に参画できたことは,本学会にとっても大きな意義があるものと考えている。

最後に,本ガイドラインの作成にリーダシップをとりご尽力頂きました,作成委員会委員長の堀江重郎先生,そしてご尽力頂きました多くの関係者に深く感謝致します。

一般社団法人 日本癌治療学会理事長
慶應義塾大学医学部外科学
北川 雄光


日本では二人に一人ががんに罹患し,三人に一人ががんで死亡すると言われていますが,高齢化の進行にともないますます高齢のがん患者さんが増加すると考えられています。それに伴い腎障害などの合併症を有するがん患者さんもさらに増加すると見込まれています。

腎障害のあるがん患者さんに抗がん薬を使用する際には,排泄の低下にともない有害事象が増強する可能性や抗がん薬の腎毒性によりさらに腎障害を悪化させる可能性などを考慮しなければなりません。しかし,腎障害を合併していることのみで有効な抗がん薬が使用されないようでは,適切な治療が施されたとは言えません。

腎障害を有する患者さんの抗がん薬治療には,腫瘍内科の知識に加えて腎臓内科の知識も必要になります。今回,日本腎臓学会および日本腎臓病薬物療法学会の腎臓専門医と日本癌治療学会および日本臨床腫瘍学会のがん治療専門医が協力して,本ガイドラインが作成されたことは腎障害を有するがん患者さんに適切な薬物治療を施す上で極めて重要かつ有意義と考えます。臨床上重要なCQ が設定され,それに対する明確な記載がなされたガイドラインとなっています。

本ガイドラインが全国の医師,薬剤師,看護師などに有効に活用され,腎障害を有するがん患者さんに適切な抗がん薬治療が実施されることを期待しています。

公益社団法人 日本臨床腫瘍学会理事長
国立がん研究センター中央病院呼吸器内科
大江 裕一郎


日本腎臓病薬物療法学会では「有効かつ安全で,目の前の患者さんに配慮した最高の薬物療法を責任もって提供する医療人」の養成をめざし,設立当初より ①腎機能低下患者への薬物適正使用および中毒性副作用の未然防止,②適切な服薬指導による腎機能悪化防止および心血管合併症の予防,③透析患者の合併症に対する最適な薬物治療の提供,④腎毒性薬物・腎虚血誘引薬物による薬剤性腎障害の防止の四つを大きな目標として活動してきました。今回,「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2016」を作成するにあたり,日本腎臓学会・日本癌治療学会・日本臨床腫瘍学会とともに,日本腎臓病薬物療法学会にも作成委員の席を賜り,4 学会合同でガイドラインが作成できたことは我々の活動目標にも合致しており,非常に感慨深いものがあります。

抗菌薬,NSAIDs と並び,抗がん薬は薬剤性腎障害の原因薬物になりやすく,抗がん薬が投与されている患者の腎機能は体格・活動度・年齢などによる影響を受け変動しやすいものです。このような抗がん薬の薬物体内動態,薬物間相互作用,あるいは患者の腎機能のとらえ方などは,医療薬学の中で腎臓病薬物療法に特化した当学会の得意とするところであります。当学会はこれらの能力を発揮するため,最近「ガイドライン対策・作成委員会」を立ち上げました。今後はこの委員会を中心として,腎臓病薬物療法の専門的見地より,各種診療・治療ガイドラインの作成ならびに改訂に協力できればと考えています。

最後に,本ガイドラインを使用して頂くことにより,抗がん薬による不可逆的な腎障害を防ぎ,また高齢者を含む腎機能低下患者への適切な投与量設定による副作用の軽減・防止がなされることで,より有効で安全ながん薬物療法がすべての医療現場で実践されることを切に願います。

一般社団法人 日本腎臓病薬物療法学会理事長
熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター・臨床薬理学分野
平田 純生