はじめに

1.本ガイドライン作成の目的

抗がん薬による薬物療法の有害事象として,あるいは消化器担がん患者における進行した病態として,悪心・嘔吐を伴うことは少なくない。これらの症状の発現は生活の質(quality of life;QOL)を著しく低下させることから,その予防と治療は重要である。本ガイドラインは,わが国の保険診療制度と国際的なエビデンスを視野に入れ,がん治療で誘発される悪心・嘔吐の制御について医療従事者向けに提示することを目的に作成されたものである。

2.これまでの制吐薬適正使用ガイドラインと第2版一部改訂の経緯

わが国では増え続けるがんに対する国策として,2007 年にがん対策基本法が制定され,がん診療の均てん化の推進が掲げられたが,日本癌治療学会ではそれ以前よりこの命題を達成するための手段の一つとして,がん診療ガイドラインを作成し,普及させ,充実させていくことが重要との認識から,関連学会や研究会と連携し,各がん腫における診療向上のための環境整備を進めてきた。悪心・嘔吐は,がん薬物療法,放射線療法,緩和ケアにおける鎮痛薬等の有害反応として,そしてがんの多彩な病態による苦痛として,日常診療で対処しなければならない症状の一つである。この対処方法を提示するものとして,国際的にはNational Comprehensive Cancer Network(NCCN),Multinational Association of Supportive Care in Cancer(MASCC),American Society of Clinical Oncology(ASCO)から,制吐療法におけるガイドラインが作成・公表され,わが国でもこれらに準じた制吐療法が日常臨床で行われるようになってきた。制吐薬は,これまでの経験的な使用から,脳腸相関関係における基礎的な研究によりその機序が解明され理論的な創薬による治療へと変化・発展してきた。しかし,わが国で承認されている制吐薬の種類,投与量,エビデンスのレベル,保険診療制度等では海外のガイドラインの記載と異なる面があり,独自性と補完性をもつ必要性があった。このようなわが国の実情に合った制吐薬ガイドライン作成の気運の高まりを受け,日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会において作成することを決定し, 2010 年5 月に第1 版の発刊を迎えている。

第1 版では次のガイドライン改訂目標を3 年後としていたが,改訂に値すると判断される重要なレベルのものがなく見合わせていた。しかし, 新規抗がん薬,制吐薬・制吐療法を含む新たな情報とエビデンスの報告があり, その対応として 2014 年に部分的な改訂版として日本癌治療学会がん診療ガイドラインjsco-cpg.jp にてversion 1.2 を公開した。さらにわが国でも制吐療法の臨床研究が進み,その結果の報告も受け, 2015 年10 月に全面改訂した第2 版を発刊した。

2016 年には, MASCC/ESMO の制吐療法のガイドラインが改訂された。本ガイドライン第2版と比較し, 異なる推奨内容, 薬剤による個別な対応, 新たな制吐薬のエビデンス, 新規抗がん薬の追加などが示されており, 新たな知見を遅滞なく妥当な解釈のもとでより適切で医療の変化に対応した制吐療法を広く提供していくものとするために第1版と同様web 上での部分改訂を行うことが提案され,改訂ワーキンググループが作業を開始した。学会員に対して作成した改訂案へのパブリックコメントを募集し, さらにパブリックコメントに対応した最終案を取りまとめ, 2018 年10 月に部分的な改訂版として日本癌治療学会がん診療ガイドラインjsco-cpg.jp にて制吐薬適正使用ガイドライン2015 年10 月(第2版)一部改訂版(ver.2.2)として公開するに至った。

表2 第2 版 制吐薬適正使用ガイドライン改訂ワーキンググループ
委員長 佐伯 俊昭 埼玉医科大学国際医療センター乳腺腫瘍科(乳腺腫瘍科)
副委員長 相羽 惠介 束光会戸田中央総合病院腫瘍内科(腫瘍・血液内科)
田村 和夫 福岡大学病院総合医学研究センター(腫瘍内科)
委 員 青儀健二郎 国立病院機構四国がんセンター乳腺・内分泌外科(乳腺腫瘍科)
安部 正和 静岡県立静岡がんセンター婦人科(婦人科腫瘍)(ver.2.2から参加)
飯野 京子 国立看護大学校成人看護学(看護)
今村 知世 慶應義塾大学医学部臨床薬剤学(薬学)
沖田 憲司 札幌医科大学消化器・総合,乳腺・内分泌外科学講座(消化器腫瘍外科)
加賀美芳和 昭和大学医学部放射線治療学(放射線治療科)
里見絵理子 国立がん研究センター中央病院緩和医療科(緩和医療科)(ver.2.2から参加)
竹内 英樹 労働者健康安全機構横浜労災病院乳腺外科(乳腺)
田中 竜平 埼玉医科大学国際医療センター小児腫瘍科(小児腫瘍科)
中川 和彦 近畿大学医学部腫瘍内科(腫瘍内科)
東  尚宏 国立がん研究センターがん対策情報センターがん統計研究部(疫学)
藤井 博文 自治医科大学附属病院臨床腫瘍科(腫瘍内科)
朴  成和 国立がん研究センター中央病院消化器内科(消化器腫瘍内科)
和田  信 大阪国際がんセンター心療・緩和科(精神腫瘍科)
協力委員 明智 龍男 名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学(精神神経科)
飯原 大稔 岐阜大学医学部附属病院薬剤部(薬学)
大谷彰一郎 広島市立広島市民病院乳腺外科(乳腺腫瘍科)
奥山 絢子 国立がん研究センターがん対策情報センターがん統計研究部(疫学)
小澤 桂子 NTT東日本関東病院(看護)
金  容壱 淀川キリスト教病院腫瘍内科(腫瘍内科)
佐々木秀法 福岡大学病院腫瘍・血液・感染症内科(腫瘍内科)
志真 泰夫 筑波メディカルセンター病院緩和医療科(緩和医療科)
武田 真幸 近畿大学医学部腫瘍内科(呼吸器腫瘍内科)
永崎栄次郎 東京慈恵会医科大学附属病院新橋検診センター(腫瘍内科)(ver.2まで参加)
西舘 敏彦 札幌医科大学消化器・総合,乳腺・内分泌外科学講座(消化器腫瘍外科)
林  和美 東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科(腫瘍・血液内科)(ver.2.2から参加)
表3 第2 版 制吐薬適正使用ガイドライン評価ワーキンググループ
委員長 齊藤 光江 順天堂大学医学部乳腺・内分泌外科学(乳腺外科)
委 員 足利 幸乃 日本看護協会神戸研修センター(看護)
谷川原祐介 慶應義塾大学医学部臨床薬剤学(薬学)

*各委員のCOI 状況は,別項に記載している。

3.第2 版一部改訂における要点

今回の部分改訂においては,以下を要点としている。

  1. @新規抗がん薬の催吐性リスク分類 → 表23
    新規に登場した薬剤のリスク分類を追加した。
  2. A高度催吐性リスクにおける制吐療法としてのオランザピンの扱い → CQ2
    海外のガイドラインにおいて高度催吐性リスクで推奨され,また本邦で制吐薬として保険適応となったオランザピンを含む制吐療法に関する,現状での判断や投与方法について解説を加えた。
  3. Bカルボプラチンの催吐性リスクと制吐療法の扱い → CQ2
    従来,カルボプラチンは中等度催吐リスクに分類され,オプションの位置づけで高度催吐リスクに準じた制吐療法の推奨となっていた。改訂されたNCCNガイドラインにおいては,AUC 4を境界として高度催吐性リスクと中等度催吐性リスクに分類されていることから,催吐性リスクとしては中等度リスクのままとする一方,AUC ≧ 4 での投与の場合にオプションから推奨へとすることとした。
  4. CSteroid Sparing における注意点について → CQ35
    Steroid Sparing について検討がなされ報告されてきているが、現段階では明確なエビデンスが乏しいため、レジメン毎、症例毎に適切に判断する重要性を言及している。

2015 年10 月(第2 版)

はじめに

1.本ガイドライン作成の目的

抗がん薬による薬物療法の有害事象として,あるいは消化器担がん患者においての進行病態として,悪心・嘔吐を伴うことは少なくない。これらの症状の発現は生活の質(quality of life;QOL)を著しく低下させることから,その予防と治療は重要である。本ガイドラインは,わが国の保険診療制度と国際的エビデンスを視野に入れ,悪心・嘔吐の制御について医療従事者向けに提示することを目的に作成されたものである。

2.制吐薬適正使用ガイドライン第1 版発刊までの経緯

わが国では増え続けるがんに対する国策として,2007 年にがん対策基本法が制定され,がん診療の均てん化の推進が掲げられたが,日本癌治療学会ではそれ以前よりこの命題を達成するための手段の一つとして,がん診療ガイドラインを作成し,普及させ,充実させていくことが重要との認識をもち,関連学会や研究会と連携し,各がん腫における診療向上のための環境整備を進めてきた。2005 年7 月,当時の北島政樹理事長と平田公一がん診療ガイドライン委員会委員長・担当理事との間で,厚生労働科学研究費補助金「がん診療ガイドラインの作成(新規・更新)と公開の維持およびその在り方に関する研究」(平田班)に基づき,臓器・組織別のがん診療ガイドラインの新規作成・更新の促進を図るとともに,臓器別の観点から横断的な位置付けとなるがん腫についてのがん診療ガイドラインの作成,および薬物使用時の副作用対策やがんの進行に伴う緩和療法・栄養療法のあり方など,侵襲的な治療や病態のあるがん診療において,患者の苦痛,QOL の維持・向上に関するガイドラインの作成も今後検討すべき事項になることが確認され,近未来的に実施することが内定した(表1)。そして,臓器・組織横断的な腫瘍として位置付けられる『GIST 診療ガイドライン』,『悪性リンパ腫診療ガイドライン』および『制吐薬適正使用ガイドライン』の作成が具体案として示された。

悪心・嘔吐はがん薬物療法,放射線療法,緩和ケアにおける鎮痛薬等の有害反応として,そしてがんの多彩な病態による苦痛として,日常診療で対処しなければならない症状の一つである。この対処方法を提示するものとして,国際的にはNational Comprehensive Cancer Network(NCCN),Multinational Association of Supportive Care in Cancer(MASCC),American Society of Clinical Oncology(ASCO)から,制吐療法におけるガイドラインが作成・公表され,わが国でもこれらに準じた制吐療法が日常臨床で行われるようになってきた。制吐薬は,これまでの経験的な使用から,脳腸相関関係における基礎的な研究からその機序が解明され理論的な創薬による治療へと変化・発展してきた。しかし,わが国で承認されている制吐薬の種類,投与量,エビデンスのレベル,保険診療制度等では海外のガイドラインの記載と異なる面があり,独自性と補完性をもつ必要性があった。このようなわが国の制吐薬ガイドライン作成の気運の高まりを受け,日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会において作成することを決定し,佐伯俊昭作成担当委員長のもとワーキンググループを設立し,構成された委員(表2)によりガイドラインが作成され,2010 年5 月に第1 版の発刊を迎えた。

表1 制吐薬適正使用ガイドライン作成の経緯
年 月 決(内)定組織・関係者 内 容
2005 年7 月 日本癌治療学会理事長(北島政樹)
厚生労働省研究班主任研究者(平田公一)
がん患者のQOL 向上を目的としたがん診療ガイドラインの作成計画(制吐薬使用者との有害事象対応など)
2008年10月 日本癌治療学会理事長(門田守人)
同がん診療ガイドライン委員会担当理事
(平田公一)
制吐薬適正使用ガイドライン作成ワーキンググループ(佐伯俊昭委員長)設立試案作成決定
2009年2月 日本癌治療学会理事会 制吐薬適正使用ガイドライン作成ワーキンググループ設立承認
同制 ワーキンググループメンバー決定
2009年10月 制吐薬適正使用ガイドラインワーキンググループ 第一案を第47 回日本癌治療学会で提示,パブリックコメントを収集
2009年10月24日 第47 回日本癌治療学会学術集会 シンポジウム開催,パブリックコメント収集
(〜11月末日)
2010 年1 月 同制吐薬適正使用ガイドラインワーキング
グループ委員
同がん診療ガイドライン委員会委員
最終案作成
査読
2010 年3 月 同評価委員会 評価
2010 年4 月 同理事会 承認
2010 年5 月 日本癌治療学会 正式公開
2012 年6 月 制吐薬適正使用ガイドラインに関するアンケート調査  
2013 年4〜8 月 QI 調査(第1 回協力依頼)  
2014 年3〜4 月  〃 (第2 回協力依頼)  
2014 年2 月 改訂ワーキンググループ,評価ワーキンググループ合同会議 全面改訂に向け,具体的な協議に入る。
2014 年6 月 日本癌治療学会
改訂版 version 1.2
Web 上で公開
2015 年7 月 改訂コンセンサスミーティング 第1 版発刊後の経緯と改訂点の説明

3.第1 版発刊後の対応と評価の結果

発刊後,新規抗がん薬,制吐薬・制吐療法を含む新たな情報とエビデンスの登場に対応するため,2011 年から制吐薬適正使用ガイドライン評価ワーキンググループを加え,2014 年に部分的な改訂版として日本癌治療学会がん診療ガイドラインjsco-cpg.jp にてversion 1.2 を公開した。

がん診療の実情として,がん患者数の増加が続いている中,がん診療連携拠点病院の指定が進められ,日本のがん医療体制は徐々に整備されてきている。ただ,そのすべての病院が指定要件を十分満たしているとはいえない。がん薬物療法においては,外来通院療法を主体とする診療環境や体制の整備,業務を担う医療スタッフの配置や育成が満足できているとは言い難く,管理の面においても安全性と効率性の双方に対応できる体制の整備が求められている。これらを解決する手段としてガイドラインは位置付けられるが,がん薬物療法を受ける患者にとって最も重要な支持療法の一つである制吐療法に関する本ガイドラインは,作成を開始した段階から,実際の医療現場で利用状況や,最終的な制吐効果としてのアウトプットを同時に評価していくことも計画していた。

まず,ガイドラインの認知度,浸透度を把握する目的で,2012 年6 月1 日〜8 月31 日の間に,日本緩和医療学会,日本癌治療学会,日本造血細胞移植学会,日本放射線腫瘍学会,日本臨床腫瘍学会のがん関連5 学会の協力を得て,会員を対象にweb 上でアンケート調査を行い,1,529 人から回答が得られた。職種は,医師:73.4%,看護師:7.3%,薬剤師:17.7%であった。回答した医師は,外科系が約50%,内科系が約40%,放射線科が約5%であった。所属施設は,がん診療拠点病院が約70%で,200 床以上の病院は約75%を占めた。約94%が日常診療でガイドラインを重視しているとの回答の中で,本ガイドラインの認知度は85.5%であった。その中の93.6%は医療現場で利用していると回答した。また,制吐療法のアルゴリズムや制吐薬治療のダイアグラムは双方とも約90%の回答者が有用であるとしていた。

さらに,制吐療法に関する医療の質の評価(quality indicator;QI)として,ガイドラインにおいて推奨されている制吐療法の遵守度の調査が行われた。3,807 人のがん患者を対象とした前向き研究では,72%が悪心・嘔吐のスクリーニングを受け,高度催吐性リスクの化学療法(highly emetogenic chemotherapy;HEC)を受けた患者のうち83%が3 剤の制吐薬にて予防的治療を受け,その84%に嘔吐が認められなかった。中等度催吐性リスクの化学療法(moderately emetogenic chemotherapy;MEC)を受けた患者では,推奨されている2 剤で治療を受けたのは91%であり,84%に嘔吐を認めていない。軽度催吐性リスクの化学療法(low emetogenic chemotherapy;LEC)では,副腎皮質ステロイド1 剤の予防を受けたのは49%で,そのうち91%の患者の嘔吐が制御されていた。一方,放射線治療を受けた92%の患者が5-HT3受容体拮抗薬を投与されており,嘔吐の制御割合は60%と低値であった。

がん治療における制吐療法を発展させていくためには,わが国も世界的に通用する臨床試験を発信しなくてはならない。そのためには基準となるガイドラインの英訳が必須であり,本ガイドライン第1 版は2015 年6 月に日本癌治療学会の公式誌であるInternational Journal of Clinical Oncology にて公表に至っている。

表2 第1 版 制吐薬適正使用ガイドライン作成ワーキンググループ(2010 年5 月)
委員長 佐伯 俊昭 埼玉医科大学国際医療センター乳腺腫瘍科(乳腺)
副委員長 相羽 惠介 東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科(腫瘍内科・血液内科)
田村 和夫 福岡大学病院腫瘍・血液・感染症内科(腫瘍内科)
委 員 青儀健二郎 国立病院機構四国がんセンター乳腺・内分泌外科(乳腺)
江口 研二 帝京大学医学部内科(腫瘍内科)
沖田 憲司 札幌医科大学第一外科(腫瘍外科・消化器)
加賀美芳和 国立がん研究センター中央病院放射線治療部(放射線治療)
竹内 英樹 埼玉医科大学国際医療センター乳腺腫瘍科(乳腺)
田中 竜平 埼玉医科大学国際医療センター小児腫瘍科(小児腫瘍)
中川 和彦 近畿大学医学部腫瘍内科(腫瘍内科・呼吸器)
藤井 博文 自治医科大学臨床腫瘍科(腫瘍内科・原発不明)
朴  成和 静岡県立静岡がんセンター消化器内科(消化器)
和田 信 埼玉県立がんセンター精神腫瘍科(精神腫瘍科)
協力委員 明智 龍男 名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学(精神神経科)
宇田川康博 藤田保健衛生大学医学部産婦人科(婦人科)
大川 豊 東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科(腫瘍内科・血液内科)
小野澤祐輔 静岡県立静岡がんセンター消化器内科(消化器)
佐々木秀法 福岡大学病院腫瘍・血液・感染症内科(腫瘍内科)
志真 泰夫 筑波メディカルセンター病院緩和医療科(緩和医療)
下山 直人 国立がん研究センター中央病院手術・緩和医療部(緩和医療)
武田 真幸 近畿大学医学部腫瘍内科(腫瘍内科・呼吸器)
西舘 敏彦 札幌医科大学第一外科(腫瘍外科・消化器)
山本 明史 埼玉医科大学国際医療センター皮膚腫瘍科・皮膚科(皮膚)

※ 所属は2010 年5 月時点,括弧内は専門領域

4.改訂第2 版作成に向けての過程

第1 版においては改訂目標を3 年後としていたが,改訂に値するような重要なエビデンスの出現はないとの判断から,web 上の部分的な改訂にとどめた。その後,わが国でも制吐療法の臨床研究が進み,その結果が明らかになってきたこともあり,2014 年2 月22 日,制吐薬適正使用ガイドライン改訂ワーキンググループと制吐薬適正使用ガイドライン評価ワーキンググループの合同会議を開催のうえ,本ガイドラインの全面改訂に向けた作業を開始した。

以後,わが国のエビデンスと実地診療に適切に対応し,海外のガイドラインの動向も見据え,小グループでの検討結果を評価ワーキンググループ委員を交えて討議し,構成や内容の一部変更,制吐薬の副作用等の追加を行い,改訂原案を作成した。2015 年7 月に患者代表の参加を得たコンセンサスミーティングを行い再度委員会で修正したのち,がん診療ガイドライン評価委員会による助言を受け最終改訂原案に修正を加え,理事会の承認を得て,2015 年10 月に第2 版の発刊となった。

5.本ガイドライン作成の基本的な考え方

悪心・嘔吐は,がん患者にとって非常に不快な症状である。がん患者では,がん自体に関連する悪心・嘔吐とがん治療に併発する悪心・嘔吐がみられる。制吐管理を安全かつ的確に行うことは,取りも直さず安全で有効ながん治療を提供することである。本ガイドラインでは,がん患者の悪心・嘔吐症状に対処するために,最小限何をなすべきかについてエビデンスとエキスパートのコンセンサスから導き出し,クリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)ごとに推奨治療を提示し,その解説を行った。また,実地診療に真に役立つガイドラインとするために,各診療領域(腫瘍内科・血液内科・腫瘍外科・放射線腫瘍科・緩和医療科・精神腫瘍科・小児腫瘍科)および薬学,看護のエキスパートが参加し,本ガイドラインが示す推奨治療が,わが国のがん医療環境に十分適用し得るように要点を解説した。

6.作成の過程

1)作成形式

本ガイドラインでは,悪心・嘔吐に由来する苦痛を最小化するため,最小限何をどうすべきかについて,エビデンスとエキスパートのコンセンサスをもって推奨を決定しており,以下の特徴を有している。

表3 採用したエビデンスの質評価基準
システマティック・レビュー/メタアナリシスによる
1 つ以上のランダム化比較試験による
非ランダム化比較試験による
分析疫学的研究(コホート研究や症例対照研究による)
記述研究(症例報告,症例シリーズ)による
患者データに基づかない,専門委員会や専門家個人の意見

①エビデンスに基づいたガイドラインである。

②CQ 形式とし,章立てした。

③各各CQ に対し,関連した項を含め解説した。

「制吐療法アルゴリズム」ならびに「制吐薬治療のダイアグラム」を作成した。

2)作成方法および参照文献

(1)参照した海外のガイドラインとCQ の抽出

海外の信頼性の高い制吐療法に関する下記のガイドラインを参照し,わが国の診療実態に即したCQ を抽出し,改訂ワーキンググループ内で検討・決定した。

①NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver.2,2013, ver.2,2014, ver. 1, 2015

②MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2011, 2013

③Antiemetics:American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2011;29:4189-98.

(2)文献検索と採用

海外のガイドラインで引用されている文献を参照し,この中に含まれていない一次資料や,新たな文献については,原則として2015 年6 月末までのPubMed で検索を行い,文献がない場合はCochrane のメタアナリシスを参照した。検索のキーワードには,CINV(chemotherapy-induced nausea and vomiting),RINV(radiotherapy-induced nausea and vomiting),highly emetogenic chemotherapy,HEC,moderately emetogenic chemotherapy,MEC,low emetogenic chemotherapy, LEC,minimally emetogenic chemotherapy, acute emesis,delayed emesis,breakthrough emesis を使用した。 確固としたエビデンスをもとに導びかれた推奨であることの基準として,ランダム化比較試験が2 報以上あることを原則とした。抄録レベルのものは基本的に採用せず,論文化が間近であっても公表されていない場合は推奨のもととなるエビデンスとしては検討の対象としていない。しかし,吟味していく中で重要な内容と判断された場合は,参考資料にとどめて記載した。

採用したエビデンスの質の評価基準はMinds(Medical Information Network Distribution Service)に準じて表3 のように設定した。今回,構造化抄録は,改訂ワーキンググループ内で検討するための参考とし,本書には掲載していない。

(3)推奨グレードの分類と決定

本ガイドラインでは,推奨グレードを表4 のように分類した。CQ における解説や推奨度の決定は,抽出した患者データに基づくエビデンスを重視することを基本方針としている。一方で,エビデンスレベルが低く,結果の解釈が困難な報告,医療保険制度に合わない例,患者・家族の意向に対する配慮などを考慮しなければならない場合も多々ある。そこから主観性と客観性の至適なバランスの上にあるコンセンサスを導く明確な方法はない。こういった事例の対応については,担当委員の所属する小グループ内で合意形成を行い,それを評価ワーキンググループ委員を含めた改訂ワーキンググループ内で討論したうえでコンセンサスが得られれば推奨度を決定し,得られなければ【参照】として記載した。

表4 推奨グレードの分類
A 十分なエビデンスがあり,推奨内容を日常診療で積極的に実践するように強く推奨する。
B エビデンスがあり,推奨内容を日常診療で実践するように推奨する。
C1 エビデンスは十分とはいえないが,日常診療で実践する際,どちらかといえば推奨する。
C2 エビデンスは十分とはいえないので,日常診療で実践する際,どちらかといえば推奨しない。
D 患者に害悪,不利益が及ぶ可能性があるというエビデンスがあるので,日常診療で実践しないように推奨する。

(4)海外との違いへの対応

参照する海外のガイドラインの推奨内容がわが国の実情と合致しない場合には,一次資料を英文・和文で検索した。本ガイドラインの信頼性を担保するためには高いレベルのエビデンスに基づく推奨を行う必要があるが,それに該当する国内からのエビデンスがない場合には,海外のエビデンスに基づいた推奨度をまず考慮し,そのうえで実情に沿ったコンセンサスをもとに推奨度が決定されることもあり,海外とは異なる部分がある。また,参照する海外のガイドラインに記載がない項目で,わが国で独自に使用されている経口薬や抗精神病薬などについては,一次資料から検索して判断した。なお,本ガイドラインが刊行され利用されていくなかで,患者データに基づくエビデンスのない制吐薬使用については,新たに臨床試験が実施され,その結果を盛り込んで改訂していくことになるが,必要に応じて関連する臨床試験の内容を該当CQ の「解説」に記載した。

7.本ガイドラインの使用方法

1)対象となる患者ならびにがん治療

本ガイドラインの制吐療法は,がん治療に起因する悪心・嘔吐を対象とする制吐療法としている。具体的には,がん薬物療法,放射線療法,小児がん薬物療法を受ける患者が対象である。第1 版では腸閉塞の項目を含めていたが,腫瘍随伴症状との見地で,日本緩和医療学会から『がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン』が発刊されていることもあり割愛した。

2)対象となるガイドライン利用者

本ガイドラインの利用対象者は,がん薬物療法,放射線療法,緩和ケアに従事する医療者(医師,看護師,薬剤師等)である。

3)催吐性リスク分類

催吐性リスクの分類はほとんどが単剤の抗がん薬で行われているが,実地診療では多剤併用療法で行われることも多く,利便性を考慮し,第2 章として臓器別に代表的ながん薬物療法レジメンの催吐性リスクを加えた。

4)用語の統一

本ガイドラインの質問事項はクリニカルクエスチョン(CQ)の用語で統一し,その他の用語についても海外のガイドラインも参考とし日本語訳の統一に配慮した。薬剤は,原則一般名で表記し,本邦承認の薬剤は日本語表記,未承認の薬剤は英語表記とした。また,多剤併用療法の場合は頻用されているレジメン名の略称を用い,第2 章では薬剤略語一覧を作成している。

5)制吐療法アルゴリズム

悪心・嘔吐の分類により以下の4 つの制吐療法のアルゴリズムを作成した。海外のガイドラインでは行動療法や鍼治療まで取り上げられているが,わが国ではそれらを実施できるがん診療機関は少ないと予想されるため,国内で選択可能な主な制吐療法についてのみ記載した。

①高度催吐性リスクの注射抗がん薬に対する制吐療法

②中等度催吐性リスクの注射抗がん薬に対する制吐療法

③がん薬物療法誘発性の突出性悪心・嘔吐に対する制吐療法

④予期性悪心・嘔吐に対する予防・治療

6)採用した制吐療法

催吐性リスクに応じて以下の3 つの制吐薬使用のダイアグラムを作成した。制吐薬は,本邦承認薬,海外で承認され国内でも治験の結果がある薬剤,製造承認申請中の薬剤を採用し記載した。

①高度催吐性リスクの注射抗がん薬に対する制吐療法

①中等度催吐性リスクの注射抗がん薬に対する制吐療法

①軽度・最小度催吐性リスクの注射抗がん薬に対する制吐療法

8.今後の改訂と課題

本ガイドラインの改訂については日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会に従い,3 年後の改訂を目処とする。なお,その間に新たな重要なエビデンスが明らかになった場合には,ガイドライン委員会の許可のもと学会ホームページ上で部分改訂として対応することもあり得る。

利用する対象を医療者としているが,治療対象者へのわかりやすい情報提供が要求されてきており,患者用の冊子等の作成を検討中である。また,エビデンスに基づいた推奨度と患者の視点や意向を踏まえたコンセンサスに基づく推奨度をどのように合わせていくかについても議論の余地があるが,現段階では,広く患者オブザーバーの参加を募って意見を収集し,それをガイドラインに反映させることに一歩踏み出したところである。ガイドラインは普及してきているが,これが真の制吐に結びついているかについての検討も必要である。また,特に催吐性リスクに幅のあるMEC では,より細かな薬剤の使い分けや,患者個々の催吐関連リスクへの対処など個別化された対応が重要になることが予想される。このようにさまざまな課題があり,それらを解決する臨床試験の結果を,遅滞なく妥当な解釈のもとで広く提供することが本ガイドラインの使命である。

9.資金と利益相反

1)資金

改訂第2 版発刊のための分科会等の資金はすべて,日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会が負担した。

2)利益相反(conflict of interest;COI)

『制吐薬適正使用ガイドライン 2015 年10 月【第2 版】』の発刊は,日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会の承認を受けた事業であり,他のいかなる団体からの影響も受けていない。作成に関与した委員は,日本癌治療学会の「がん臨床研究の利益相反に関する指針」に則り対応し,各委員のCOI は本学会のホームページhttp://www.jsco-cpg.jp/item/29/coi-index.html に記載されている。