リンパ浮腫診療ガイドラインについて

Ⅰ.背景と目的

癌の累積生涯罹患率はおよそ50% といわれる中で,同時に癌治療の後遺症として,多くの患者がリンパ浮腫に苦しんでいる。最近はわが国でも,科学的根拠に基づいた診療ガイドラインが充実してきているが,リンパ浮腫診療に関するガイドラインは2008 年,リンパ浮腫指導管理と弾性着衣・包帯の療養費扱いが保険収載された年に初めて作成された。本ガイドラインは,2008年度版「リンパ浮腫診療ガイドライン」の改訂版であり,その更新作業は初版に記載のとおり2007年発足の「日本リンパ浮腫研究会」に委譲された。

本ガイドライン作成の目的は,医療施設内でチームとしてリンパ浮腫診療に携わるスタッフによるリンパ浮腫,特に癌治療に伴う続発性(二次性)リンパ浮腫の適切な診療の指標となることを通じて,患者がより質の高いリンパ浮腫ケアを受けられる環境を整えることである。

Ⅱ.対象

癌治療の一環としてリンパ節郭清,放射線治療,化学療法等が施行され,上肢・下肢にリンパ浮腫が発症した成人癌患者を対象とする。原発性(一次性)リンパ浮腫はクリニカルクエスチョン(Clinical Question;CQ)で取り上げたが,続発性リンパ浮腫とは発生機序が異なり,また診療の指針となるエビデンスが著しく乏しいため,ガイドラインとして十分な情報提供ができなかった。同様に,顔面や体幹の続発性リンパ浮腫についてもエビデンスが乏しく,対象外とした。

Ⅲ.本ガイドラインの使用者

四肢リンパ浮腫の診療を行う医療チームを構成する医療者を使用者とする。

Ⅳ.個別性と人間性の尊重

本ガイドラインは,画一的なリンパ浮腫診療を推めるものではない。ガイドラインは臨床的,科学的に満たすべき一定の水準を定めているが,個々の患者への適用は,対象となる患者の個別性に十分配慮し,医療チームが責任をもって決定するべきものである。

また,本ガイドラインの適用にあたっては,ガイドラインの各項目を満たすかどうかを判断するのではなく,ガイドラインの項目ごとに十分な検討がなされ,これを通じて患者と医療チームがゴールを共有することが重要である。

本ガイドラインはリンパ浮腫診療に限定して表記しているが,実際の適用にあたっては,リンパ浮腫診療のみを議論するにとどまらず,患者とその家族の生活全体に及ぶ包括的な配慮が必要である。

Ⅴ.本ガイドラインの作成過程

本ガイドラインの作成過程
1)CQ の作成とPECO 形式

2008 年度版のガイドラインでは,作成委員会から56 項目のCQ が提言され,審議の結果11のCQ に絞られた。今回はガイドライン委員会が,2008 年のCQを見直し,指針の需要が特に大きい臨床問題を厳選した。CQ はできる限りPECO 形式への定型化を試みた。PECO形式とは,

P(Patient):どのような患者が
E(Exposure):どのような治療/ケアを行った場合
C(Comparison):どのような治療/ケアを行った場合と比較して
O(Outcome): どのような結果になるか

という共通の構成によって表された疑問文である。

CQ は「弾性着衣」「弾性包帯(多層包帯法)」「スキンケア」「用手的リンパドレナージ(manual lymphatic drainage;MLD)/シンプルリンパドレナージ(simple lymphatic drainage;SLD)」「間歇的空気圧迫療法(intermittent pneumatic compression;IPC)」「肥満」「体重管理」「運動療法」「原発性(一次性)リンパ浮腫」「心理社会的介入」「リンパ管細静脈吻合術」「リンパ節移植術」「脂肪吸引術」「漢方薬」「漢方以外の薬物療法」の15項目を設定し,各領域に専門性を考慮して複数の担当者を置いて,文献の構造化抄録ならびに解説文の草案作成を行い,文献のエビデンスレベルに基づいて推奨グレードを提案した。

2)システマティック・レビュー(Systematic Review)と構造化抄録の作成

各CQ において,関連するアウトカムについての情報をまとめた構造化抄録が作成された。構造化抄録は,作成委員会メンバーが十分な情報に基づく意思決定を行えるよう支援するために,根拠となるエビデンスの質評価を簡潔に要約したものである。

作成委員会の各CQ の担当者は,関連する研究報告を特定するためにMEDLINE,コクランライブラリーを検索した。システマティック・レビューに組み込まれた研究報告は2013年7 月までに発表されたものとし,作成委員会の各CQの担当者がシステマティック・レビューの結果を使って,各CQ の推奨グレードと解説文草案を作成した。

3)エビデンス(科学的根拠)の水準

「診療ガイドラインの作成の手順」(Minds診療ガイドライン選定部会)に準拠した。

4)Clinical Questions(CQ)推奨グレード基準

推薦グレードの判定基準をより可視化するために,基準となるエビデンスを併記した。

推奨グレード 推奨の強さ 基準となるエビデンス
A A1 質の高いエビデンスがあり,日常診療として実施することを強く推奨する。
  • CQ に合致した有効性を示す「検証的試験(RCT)」が複数存在。
A2
  • CQ に合致した有効性を示す「検証的試験(RCT)」が一つ存在。
A3
  • CQ に合致した「探索的試験(RCT)」が複数存在。
A4
  • CQ に合致した「探索的試験(RCT)」が一つ存在。
B B1 中等度のエビデンスがあり,日常診療として実施することを推奨する(効果が評価できる場合に慎重に行うことが望ましい)。
  • CQ に合致した有効性を示す「非ランダム化試験」あるいは「コホート研究」(ランダム割付を伴わない同時対照群を伴う研究)が複数存在。
B2
  • CQ に合致した有効性を示す「非ランダム化試験」あるいは「コホート研究」(ランダム割付を伴わない同時対照群を伴う研究)が一つ存在。
  • CQ に合致した有効性を示す「後ろ向きコホート研究(ヒストリカルコホート研究)」(ランダム割付を伴わない過去の対照群を伴うコホート研究)が複数存在。
B3
  • CQ に合致した有効性を示す「後ろ向きコホート研究(ヒストリカルコホート研究)」(ランダム割付を伴わない過去の対照群を伴うコホート研究)が一つ存在。
C C1 広く認知され実施されているが質の低いエビデンスしか存在せず,効果が認められる場合に限って日常診療として慎重に実施することを推奨する。
  • CQ に合致した有効性を示す症例対照(ケース・コントロール)研究(後ろ向き研究)が複数存在。
C2
  • CQ に合致した有効性を示す症例対照研究(後ろ向き研究)が一つ存在。
D D1 質の低いエビデンスがあり,日常診療では効果が認められる場合に限って慎重に実施することを検討しても良い。
  • CQ に合致した有効性を示す前後比較研究,対照群を伴わない研究の結果が存在。
D2
  • CQ に合致した前後比較研究,対照群を伴わない研究の結果が存在するが,有効性を示すに至らず,安全性の担保がある。
E E1 エビデンスが乏しく,他に選択肢がない場合に限って,日常診療で実施することを検討すべきである(効果が評価できる場合に限る)。
  • CQ に合致した症例報告,症例集積研究(ケースシリーズ)が存在。
E2
  • 専門家個人の意見(専門家委員会報告を含む)が存在。
F   エビデンスがなく,患者に不利益が及ぶ可能性があるため,実施しないように推奨する。 判断根拠となるエビデンスが明らかでなく,安全性の保障もされていない
●推奨グレードについて
  1. A有効性を示すランダム化比較試験が少なくとも一つ存在する
  2. B有効性を示すランダム化されていない比較対照を伴う試験,あるいはコホート研究が少なくとも一つ存在する
  3. C有効性を示す症例対照研究が少なくとも一つ存在する
  4. D有効性を示す,比較対照を伴わない研究が少なくとも一つ存在する
  5. E症例報告・症例集積研究または専門家の意見のみ
  6. F有効性を示唆する根拠がなく,安全性の評価もない
●試験デザインのエビデンスレベル

検証的試験(RCT)>探索的試験(RCT)>「コホート研究」>「後ろ向きコホート研究」>症例対照研究>前後比較研究>症例集積研究または症例報告>専門家の意見

本ガイドラインでは,以上の順に科学レベルが高いと定義付けした。

5)CQ の内容と推奨グレードの妥当性の検証

CQ の内容と推奨グレード,その解説文の妥当性の検証はデルファイ法を用いて行った。判断の資料とするために作成されたエビデンス(システマティック・レビューで選定された英語論文)の構造化抄録を作成委員会のメンバーに配布。デルファイ法により,CQと推奨グレード,解説文のそれぞれについて妥当性を1(適切でない)〜9(適切である)の9点法で評価した。妥当性を検証する会議では,CQの推奨グレードごとに中央値,最小値,最高値を委員全員に公開し,相違点を議論した。すべてのCQの推奨グレードにおいて,中央値8点以上で主要な相違を認めないと考え,小修整を加えたものを暫定原稿とした。意見の相違が認められた場合は,相違点を議論し,中央値が8 点以上になるまで修正を加えてデルファイ法を繰り返した。

6)外部委員によるガイドラインの評価

ガイドライン作成委員会が作成した暫定稿に対して,外部委員(本ガイドライン作成過程に関与していない医師,看護師,理学療法士,患者代表)計8 名にAGREE,Shaneyfelt,COGS の各チェックリストによる評価を求めた。

なお,本ガイドラインは日本癌治療学会ガイドライン委員会に「リンパ浮腫領域」として参画しており,同委員会の評価委員による評価も受け,改訂作業に反映させている。

Ⅵ.定期的な再検討ならびに改訂の必要性

2016 年度末を目安に再検討をし,必要に応じて改訂を行う。改訂責任機関は日本リンパ浮腫研究会とする。

Ⅶ.利益相反

本ガイドラインの作成過程のいずれの段階においても,ガイドライン中で扱われている物品の販売企業等,利害関係を生じ得るいかなる団体からも資金提供を受けていない。また,ガイドライン作成に参加した全委員は,扱われている物品の販売企業等,利害関係を生じ得るいかなる団体とも利益関係を持たない。