2.痛みの包括的評価

痛みの包括的評価は,①痛みの原因の評価と②痛みの評価からなる。「痛みの原因の評価」とは,身体所見や画像検査から痛みの原因を診断することであり,痛みの治療に加えて原因に対する治療が必要かどうかの判断などに役立てることができる。「痛みの評価」とは,患者の自覚症状としての痛みの強さや生活への影響,治療効果を評価するものであり,これを行うことで患者にあわせたと痛みの治療を計画することができるようになる。

1.痛みの原因の評価

がん患者の痛みのすべてががんによる痛みとは限らない。身体所見,画像所見,血液検査所見などを組み合わせ,痛みの原因について総合的に判断することが重要である。さらに,緊急の医学的対応が必要な「オンコロジーエマージェンシー1」を見逃さないようにすることも重要である(Ⅱ-1-3 痛みの臨床的症候群の項参照)。


1:オンコロジーエマージェンシー

  • 脊髄圧迫症候群,硬膜外転移
  • 体重支持骨の骨折または切迫骨折
  • 脳転移,軟髄膜転移
  • 感染症に関係した痛み
  • 消化管の閉塞・穿孔・出血
❶ 身体所見

まず患者の全身状態をおおまかに評価する。皮膚色,体重減少の有無,全身衰弱,筋痙縮や筋萎縮などについて観察する。不安や恐れ,抑うつがみられないかについても注意を払う必要がある。全身状態を評価した後,痛みの部位の診察を行う。

1 )視 診

皮膚転移や帯状疱疹,褥瘡など,皮膚に痛みの原因がないかを調べる。内臓の関連痛の場合,異常のある臓器が侵害刺激を入力する脊髄レベルの皮膚に色調の変化や立毛筋の収縮,発汗異常などの交感神経刺激症状を認めることがある。したがって,皮膚が侵害刺激を入力する脊髄レベル(デルマトーム)を理解しておくことが重要である(図1)。姿勢についても注意を払っておく必要がある。例えば股関節を屈曲位で保持し,股関節伸展にて痛みを訴える場合には,悪性腸腰筋症候群2 念頭におき評価を進めていく必要がある。


2:悪性腸腰筋症候群

腸腰筋内に悪性疾患が存在することにより起こる鼠径部・大腿・膝の痛み。身体所見として患側の第1〜4 腰椎神経領域の神経障害,腸腰筋の攣縮を示唆する股関節屈曲固定がみられる。参照

図1 デルマトーム

2 )触 診

痛みのある部位の触診を行い,痛みの原因となる病変がないか評価する。また,痛みのある皮膚の異常感覚を,痛みのない部位と比較して評価する。痛覚過敏は鈍針による刺激で,アロディニア(allodynia)3 は刷毛やティッシュで皮膚表面を触れることで評価する。内臓の関連痛においては,関連領域の筋収縮や,腹壁への炎症の波及に伴う圧痛を認める。骨転移では,転移部位に圧痛や叩打痛を認める。転移部位が神経を刺激している場合には,障害神経支配領域の異常感覚4(paresthesia やdysethesia)を触診によって確認することができる。

3 )筋力低下の評価

脊髄や神経根の障害で,筋力低下の原因となる脊髄レベルの同定に必要である。徒手筋力テストが標準的な方法だが,簡便に筋力低下を診断する方法として,上肢の近位筋の筋力低下は両上肢を挙上して「バンザイ」ができるかどうかによって,上肢の遠位筋は手の握力で,下肢の近位筋はしゃがんで手を使わずに立ち上がることができるかどうかをみるといった方法がある。


3:アロディニア(allodynia)

通常では痛みを起こさない刺激(「触る」など)によって引き起こされる痛み。異痛(症)と訳される場合があるが,本ガイドラインではアロディニアと表現した。

4:異常感覚

自発的,または誘発性に生じる痛みではない異常な感覚。不快を伴わない場合を「異常感覚【不快を伴わない】paresthesia」,不快を伴う場合を「異常感覚【不快を伴う】dysesthesia」と区別する。参照

❷ 画像所見

画像検査の診断能力には,疾患や病変により感度,特異度の優劣があるので,想定される病変の部位によって適切な検査方法を選択する必要がある。さらに患者の状態に応じて,検査を行うことのメリットとデメリットをよく考えたうえで検査計画を立てていく必要がある。

例えば,腹部の痛みがある場合,腹部単純X 線写真で,消化管ガス像の分布や小腸ガス,液面形成(ニボー)の有無などから,イレウスや腹水貯留の有無の評価が可能である。さらに,CT やMRI では腫瘍の大きさや性状,位置,神経叢との関係などをみることが可能であり,痛みと腫瘍の関連について評価することが可能である。

骨転移による痛みがある場合,単純X 線写真では,骨皮質に病変が及んだ場合 や,骨塩量が30〜50%低下した場合に初めて所見として検出できる。骨シンチグラフィは全身の骨の評価を一度に行える利点があるが,感度は高いものの特異度は高くなく,症状や身体所見,他の画像診断とあわせて評価することが重要である。CT は骨,軟部組織の詳細な情報を得ることができるため,特に初期の骨変化の同定に有用な検査方法である。MRI は特に,頭蓋内病変や脊髄・硬膜外病変の検出,脊髄圧迫への椎体転移の関与の評価などで有用性が高い。

2.痛みの評価

痛みの評価は,日常生活への影響,痛みのパターン,痛みの強さ,痛みの部位,痛みの経過,痛みの性状,痛みの増悪因子・軽快因子,現在行っている治療の反応,レスキュー薬の効果と副作用に分けて行う。以下に各項目の評価のポイントについて述べる。

❶ 日常生活への影響

痛みの治療についての総合的な評価を行うために,痛みにより日常生活にどの程度支障を来しているのかをまず確認する。特に,睡眠への影響については必ず聞くようにする。次に,どの程度の対応を希望しているかを確認する。具体的には,「痛みに関しては,今の生活で満足されていますか?それとも痛みで日常生活に支障があって何か対応したほうがいいですか?」と聞くとよい。症状が患者にとって許容できるものなのか,それとも対応したほうがよいかという評価はSupport Team Assessment Schedule 日本語版(STAS-J1)でも用いられている評価方法で,症状への対処の必要性について評価することができる(表1)。


1:STAS-J

英国で開発された評価尺度(Support Team Assessment Schedule;STAS)の日本語版。「痛みのコントロール」「患者の不安」などの9 項目を医療者が0〜4 の5 段階で評価する。「STAS-J 症状版」もある。参照

表1 STAS-J
0 なし
1 時折のまたは断続的な単一の痛みで,患者が今以上の治療を必要としない痛みである
2 中等度の痛み。時に調子の悪い日もある。痛みのため,病状からみると可能なはずの日常生活動作に支障を来す
3 しばしばひどい症状がある。痛みによって日常生活動作や物事への集中力に著しく支障を来す
4 持続的な耐えられない激しい痛み。他のことを考えることができない
❷ 痛みのパターン

痛みのパターンは,1 日の大半を占める持続痛と,一過性の痛みの増強である突出痛2 とに分けられる。痛みのパターンを知ることは治療方針の決定に役立つ。例えば,持続痛の場合には鎮痛薬の定期投与や増量,突出痛の場合にはレスキュー薬を使うなど,そのパターンによって治療方針が異なるからである。具体的には,「痛みは1 日中ずっとありますか? それとも,たいていはいいけれど,時々ぐっと痛くなりますか?」といったように聞くとよい(Ⅱ-1-2 痛みのパターンによる分類,図4 参照)。


2:突出痛(breakthrough pain)

持続痛の有無や程度,鎮痛薬治療の有無にかかわらず発生する一過性の痛みの増強。参照

❸ 痛みの強さ
1 )患者自身による痛みの強さの評価

痛みの強さ(程度)は,治療効果判定の意味からも初診時に評価しておくことが重要である。一番強い時の痛み,一番弱い時の痛み,1 日の平均の痛みに分けて評価するとよい。また,安静時の痛み,体動時の痛みに分けて評価することも治療法を決めるうえで参考となる。評価法としてはさまざまなツールが開発されているが,信頼性,妥当性ともに検証され,臨床の場で用いられているものは,Numerical Rating Scale(NRS),Visual Analogue Scale(VAS),Verbal Rating Scale(VRS)である(図2)。

NRS は,痛みを0 から10 の11 段階に分け,痛みが全くないのを0,考えられるなかで最悪の痛みを10 として,痛みの点数を問うものである。VAS は,100 mm の線の左端を「痛みなし」,右端を「最悪の痛み」とした場合,患者の痛みの程度を表すところに印を付けてもらうものである。VRS は,痛みの強さを表す言葉を順に並べて(例:痛みなし,少し痛い,痛い,かなり痛い,耐えられないくらい痛い),現在の痛みを表している言葉を選んでもらうことで痛みを評価するものである。

これら3 者では,VAS が他に比べて使用するのが難しく,筆記用具が必要であるため,また,VRS は言語の問題や,段階が少なく痛みを詳細に評価できない可能性があることから,一般的にはNRS が推奨される。

Faces Pain Scale(FPS)は,図2 に示したような現在の痛みに一番合う顔を選んでもらうことで痛みを評価するものであり,3 歳以上の小児の痛みの自己評価において有用性が報告されている。しかし,痛み以外の気分を反映する可能性や段階が少なく痛みを詳細に評価できない可能性があることなどが指摘されている。

痛みの程度を軽度,中等度,高度と分けるという考え方があり,NRS においてそれぞれのカットオフ値について検討されている。しかし例えば,Serin らは1〜4 を軽度,5〜6 を中等度,7〜10 を高度,Given らは1 が軽度,2〜4 が中等度,5〜10 が高度といったように基準はさまざまであり,統一した見解は得られていない。このガイドラインでは,NCCN のガイドラインと同様に,専門家の合意として1〜3 を軽度,4〜6 を中等度,7〜10 を高度と便宜的に定める。

図2 痛みの強さの評価法

2 )医療者による痛みの強さの評価

医療者が痛みの強さを判定するために代理評価を行う場合には,信頼性・妥当性の確認された尺度としてSupport Team Assessment Schedule 日本語版(STAS-J)がある。これは表1 に示したような0〜4 の5 段階で症状の程度を医療者が評価する方法である。なお,STAS は主要項目として「痛みのコントロール」「症状が患者に及ぼす影響」「患者の不安」「家族の不安」「患者の病状認識」「家族の病状認識」「患者と家族のコミュニケーション」「医療専門職種間のコミュニケーション」「患者・家族に対する医療専門職とのコミュニケーション」の9 項目からなる評価尺度であり,ここで紹介したのは「痛みのコントロール」についての部分である。もともとはclinical audit(臨床監査)1 のためのツールとして開発されたものであり,患者に負担をかけずに評価を行うことができるという利点がある。


1:clinical audit(臨床監査)

クリニカルオーディット。診断・治療・ケア,およびその成果,患者のQOL などに関して,質の高い診療が行われているかどうかを多面的・包括的に評価すること。

3 )自分で痛みを訴えられない患者の痛みの強さの評価

痛みは主観的なものであるので,自らが伝えた痛みを評価することが標準的な評価方法である。NRS,VAS,VRS はいずれもMini-Mental State Examination(MMSE)2 が18 点以上の軽度の認知機能低下患者において使用することが可能であることが示されている。NRS とVRS は,さらに10〜17 点の中等度の認知機能低下患者においても使用が可能であり,認知機能低下患者においてはNRS またはVRS を用いるのがよいとされている。

これらの評価尺度が使用できない場合には,Abbey pain scale(Abbey),Checklist of Nonverbal Pain Indicators(CNPI),Non-communicative Patient’s Pain Assessment Instrument(NOPPAIN),Doloplus 2 などさまざまな評価尺度が開発されているものの,現時点では本邦において日本語に翻訳され,信頼性,妥当性が検証されているものはない。痛みの評価には,患者の,①表情,②声や話し方,③体の動き,④様子や行動,他人との関わりの変化,⑤日常生活パターンの変化,⑥精神状態の変化を観察することが参考になる。


2:Mini-Mental State Examination(MMSE)

認知機能や記銘力を測定する11 項目からなる検査。30 点満点で,21 点以下の場合には認知症などの認知力障害がある可能性が高いと判断される。

❹ 痛みの部位

ボディチャートに痛みの部位を記録する。帯状疱疹,蜂窩織炎,外傷など,がんと関連しない痛みが合併することがあるので,身体所見や画像検査所見などから,痛みの原因となる病変の有無を確認する必要がある。

❺ 痛みの経過

いつから痛みが存在するようになったかを確認し,以前からある痛みかどうかを確認する。突然の痛みの出現は,骨折,消化管穿孔,感染症,出血などのオンコロジーエマージェンシー1 である可能性があるので,必要に応じて合併症の検索を行う必要がある。


1:オンコロジーエマージェンシー

  • 脊髄圧迫症候群,硬膜外転移
  • 体重支持骨の骨折または切迫骨折
  • 脳転移,軟髄膜転移
  • 感染症に関係した痛み
  • 消化管の閉塞・穿孔・出血
❻ 痛みの性状

痛みの性状は,痛みが体性痛,内臓痛,神経障害性疼痛であるかを判断する参考となる。神経障害性疼痛は「灼けるような」,「ビーンと走るような」,「槍で突き抜かれたような」痛みのことがある(Ⅱ-1-1 痛みの性質による分類の項参照)。

❼ 痛みの増悪因子と軽快因子

痛みが強くなる,または緩和する要因についても質問する。これによって,痛みが増悪する原因となるような刺激を避け,痛みを緩和する方法を取り入れることができる(Ⅱ-1-2-2 突出痛の項参照)。

痛みに影響する要因には以下のようなものがある。

  • 増悪因子:夜間,体動,食事,排尿・排便,不安・抑うつなど
  • 軽快因子:安静,保温,冷却,マッサージなど
❽ 現在行っている治療の反応

現在行っている痛みの治療の反応を確認する。定期的な鎮痛薬として何を使用しているか,指示どおり服用できているかを確認する。

痛みの治療の副作用として,悪心,便秘,眠気について確認する。悪心は,「なし」「あり(経口摂取可能)」「あり(経口摂取不可能)」,便秘は「なし」「あり(便の硬さは普通,硬い,軟らかい)」,眠気は「なし」「あり(不快ではない)」「あり(不快である)」などと具体的に聞く。

悪心,便秘,眠気がある場合には,本ガイドラインの「Ⅲ-2 オピオイドによる副作用」を参照して治療を行う。

❾ レスキュー薬の効果と副作用

痛みの増悪時に使用する薬剤が処方されている場合には,その使用回数,効果と副作用を確認する。効果は痛みの強さの評価を行った評価尺度(NRS,VAS など),または,鎮痛薬の効果を評価する尺度(pain relief scale:完全に良くなった,だいたい良くなった,少し良くなった,変わらないの4 段階で鎮痛薬の効果について患者自身が判断する方法)などを用いて評価する。

同時にレスキュー薬を使用したことによる副作用についても評価する。特に,使用後に眠気が「なし」「あり(不快ではない)」「あり(不快である)」かを聞く。「あり」の場合には,本ガイドラインの「Ⅲ-2 オピオイドによる副作用」を参照して対応する。

図3 はこれらの評価項目をまとめた医療者が記入する評価シートの一例である。

図3 痛みの評価シートの例

❿ 患者の痛みや痛みの治療に関する心理社会的な評価

患者にとっての痛みの意味や重要さについて本人に聴き,価値観を尊重したうえで治療を計画することが大切である。また,痛みの増強に不安や抑うつなどの精神的な問題が存在しているかどうか評価する。

痛みの治療薬についての認識を評価する。本ガイドラインの「Ⅱ-6 患者のオピオイドについての認識」を参照して対応する。また,痛みの治療を計画するうえで,鎮痛薬の剤形・投与時間・間隔・経路が日常生活に支障を来していないか,また経済的な負担について評価し,薬剤選択の参考とする。

(足立誠司,安部睦美)

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3) Whaley L, et al. Nursing Care of Infants and Children, 3rd ed, St. Louis, Mosby, 1987

4) Serlin RC, Mendoza TR, Nakamura Y, et al. When is cancer pain mild, moderate or severe? Grading pain severity by its interference with function. Pain 1995;61:277-84

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7) Closs SJ, Barr B, Briggs M, et al. A comparison of five pain assessment scales for nursing home residents with varying degrees of cognitive impairment. J Pain Symptom Manage 2004;27:196-205

8) Herr K, Bjoro K, Decker S. Tools for assessment of pain in nonverbal older adults with dementia: a state-of-the-science review. J Pain Symptom Manage 2006;31:170-92

9) Cleeland CS, Nakamura Y, Mendoza TR, et al. Dimensions of the impact of cancer pain in a four country sample:New information from multidimentional scaling. Pain 1996;67:267-73

<3.WHO方式がん疼痛治療法>に続く