ガイドラインの基本的事項

Ⅰ はじめに

わが国における小児がんの年間発症数は約2,500 人とされ,白血病などの造血器腫瘍を除く小児固形がんの年間発症数は約1,300 人とさらに少ない。加えて小児固形がんは多くのがん種よりなり,それぞれはいずれも希少がんの範疇に入る。脳腫瘍を除いて最も頻度の高い神経芽腫でさえ年間150 例程度と推測され,それ以外のものはいずれも100 例以下である。希少がんであるがゆえ,各診療施設,診療医の経験は極めて限られたものとならざるを得ず,診療レベルの向上,維持には困難が存在する。また,患者およびその家族にとってもセカンドオピニオンなど,種々の情報の入手に困難をきたしている状況である。このような状況に鑑み,日本小児がん学会では2011 年に代表的な小児がん,すなわち,神経芽腫,腎腫瘍,肝腫瘍,横紋筋肉腫,網膜芽細胞腫,胚細胞種,ユーイング肉腫,骨肉腫の8 種類のがん種を対象として小児がん診療ガイドライン第1 版を出版した。

2011 年に日本小児血液学会と日本小児がん学会が合併し,日本小児血液・がん学会が発足した後,本ガイドライン改訂作業は合併した学会により行われ,小児血液・がん学会診療ガイドライン委員会が作業を担当した。小児白血病・リンパ腫の診療ガイドライン(今回の2016 年版から小児白血病・リンパ腫診療ガイドライン)も同委員会によって同時期に改訂作業が行われた。このため両ガイドラインの編集方針,記載方法は可能な限り共通の形式にした。小児がん診療ガイドライン2016 年版(改訂第2 版)では,その他のまれな腫瘍を追加,さらに疾患横断的に腫瘍生検・中枢ルートについても新たに章立てして追加した。本ガイドラインは医師を中心とする医療従事者を主な対象として作成したが,患者とその家族にも参考にしていただければ幸甚である。

Ⅱ ガイドラインの目的と対象

(1)目的

本ガイドラインの目的は小児がんの診療に際し,治療方針の意思決定の参考となることを目的とし,情報,治療目標,責任を明確化することにより医療者と患者・患者家族の情報共有を高め,共有意思決定(shared decision making)のための資料とすることである。したがって本ガイドラインはルールブックではなく,ガイドラインに従って治療が行われなかったとしても誤りではなく,治療方針の益と害を考慮し,個々の患者に応じた決定が重要である。

(2)対象

本ガイドラインの対象は医療者だけではなく,患者・家族の資料としても期待しており,医療者と医療を受ける立場の方々の相互の納得の基に,個々の患者にとって最適な医療が実施されることを期待した。また,学生,研修医,生涯教育のツールとしても活用して頂くことを期待しているが,教科書とは異なることを理解して頂きたい。

なお,エビデンス収集は原則として2014 年3 月までを対象としており,本ガイドラインはこの時点における最新のエビデンスに基づいている。小児がん領域の基礎,臨床研究の進歩により日々新たなエビデンスが構築されていることから,書籍として出版されるガイドラインにおいては,常に最新の知見を反映することが難しいことを理解してご利用いただきたい。

Ⅲ ガイドライン作成の経緯

日本小児血液・がん学会の診療ガイドライン委員会が編集作業を担当し,診療ガイドライン委員会委員が編集員として活動した。それぞれのがん種について疾患責任者と執筆担当者を指名して作成にあたった。疾患責任者が当該疾患の執筆担当者をリードして疾患ごとに改訂作業を行った。

改訂原稿は,委員会内での査読と委員による読み合わせ作業と評価を受け,日本小児血液・がん学会会員のパブリックコメントを受けた後,日本小児血液・がん学会理事会の承認を得て公開された。

また,骨軟部疾患に関しては日本整形外科学会理事長宛に診療ガイドライン作成に対する協力依頼を提出し,ご協力頂いた。

Ⅳ ガイドライン作成の基本的な考え方と作成方法

本診療ガイドラインは厚生労働省委託事業:EBM 普及推進事業である日本医療機能評価機構Minds の指針に則り「Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014」を参照し,作成した。執筆に際してはMinds2014 ガイドライン作成のためのワークショップに参加後,各執筆担当者に作成方針を説明し,患者アウトカムに対する期待される効果(益)のみではなく,有害事象(害)のバランスを推奨作成に活かすことを重要視した。また,エビデンスレベルが高いにもかかわらず国内では未承認薬,適応外薬を含む治療法については,その旨を明記した。

(1)作成形式
  • はじめに・・・疾患トピックとして,疾患の臨床的特徴(病態生理,分類,歴史的事項など),疫学的特徴(罹患率,死亡率,生存率などの現状,経年的変化,地域特性など),診療の全体的流れについて記載した(疾患責任者担当)。
  • CQ 形式とした。
  • 背景:CQ に対する背景について簡素に記載した。
  • 推奨:推奨治療を記載した。他にも推奨がある場合は,推奨1,推奨2,・・・とした。
  • 解説:推奨に対する解説を記載した。推奨が複数ある場合は解説1,解説2,・・・とした。
  • 診療アルゴリズムを作成した。
(2)文献検索

各CQ におけるキーワードを基に一次資料の網羅的な文献検索を行うと同時に,ハンドサーチによる検索を行った。検索データベースはPubMed を基本とし,2011 年版で引用された文献に,2014 年3 月末までの文献を採用し,構造化抄録は作成しなかった。また,一部にはエビデンスレベルの高い重要な学会抄録も対象とし,2014 年3 月を超えた期間の文献も採用した。二次資料として国内外の既存のガイドライン,教科書を参考にした。検索した文献からのエビデンス収集,評価に際しては,システマティッックレビューは行っておらず,委員会委員,疾患責任者および執筆担当者による個別の文献検索と協議により推奨を作成した。

(3)エビデンスの強さの決定と推奨の強さ

診療ガイドラインにおけるエビデンスの強さは,その治療効果などの推定値が推奨を指示するうえでどの程度十分かを示すものである。今回用いる評価基準はこれまでの研究デザインに基づいたエビデンス評価ではなく,Minds2014 の指針に基づき重大なアウトカム全般(生存,QOL など)に対する4 段階評価とした。つまりランダム化試験でもアウトカム全般に対する影響が小さければエビデンスレベルは低くなり,観察研究でもアウトカムに対する影響が大きいと判断されればエビデンスレベルは高くなる。

また,推奨の強さは重大なアウトカムに関するエビデンスの強さに加えて,益と害のバランスを考慮し,害以外の不利益についても総合的に判断し決定した。推奨の強さの提示は1:「強く推奨する」あるいは2:「弱く推奨する(提案する)」のいずれかで提示するが,どうしても推奨の強さを決められないときは「なし」とし,明確な推奨ができない場合も想定した。

エビデンスレベル

Ⅴ ガイドラインの外部評価

現時点で本ガイドラインの外部評価は受けておらず,今後,適切な外部評価者を選定し行う予定である。

Ⅵ ガイドラインの公開と改訂

本ガイドラインは出版後1 年をめどに日本小児血液・がん学会および日本癌治療学会のガイドラインホームページ上に公開予定とする。また,本ガイドラインの改訂は5 年を目安として行う予定である。しかし,大規模スタディの結果の公表,新しい治療法の制度的な認可など,推奨に大きな影響が出るイベントがあった場合は,その都度改訂を考慮する。

Ⅶ 資金と利益相反

本ガイドラインの作成のための資金は日本小児血液・がん学会の支援により得られた。また,本事業は日本癌治療学会がん診療ガイドライン作成事業の支援と作成費用の一部は厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「がん診療ガイドライン普及促進とその効果に関する研究及び同ガイドライン事業の在り方に関する研究」(平田班)の支援を受けている。

利益相反については,平成25 年制定の日本小児血液・がん学会作成の小児血液・がん領域での医学研究の利益相反に関する指針および細則に従った。本ガイドラインの作成委員ならびに評価委員は,自己申告された調査票により本ガイドライン作成に関連して特定の企業・営利団体との関与はなく,作成委員は利益相反の状況を日本小児血液・がん学会に開示している。

日本小児血液・がん学会診療ガイドライン委員会
小児がん診療ガイドライン改訂責任者:米田光宏
診療ガイドライン委員会委員長:菊田 敦