本ガイドラインについて

本ガイドラインについて

はじめに

本ガイドラインは日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会が2010 年に公開した「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」の改訂版である。初版が目指したEBM(evidence-based medicine,平均値を考慮する医療)と治療の標準化は,専門医制度とも相まって,診療において益々重要である。この間に新たなエビデンスの蓄積があり,新たな治療方法(外来での放射性ヨウ素内用療法や分子標的薬など)が開発されてきた。さらに診療ガイドラインの作成法も変わってきている。ガイドラインの目的を果たすため,これらの進歩に合わせて改訂版をここに公開する。

目的

本ガイドラインの目的は,2010 年版と同じく,甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めることである。このアウトカムには甲状腺腫瘍の自然歴と臨床経過,そして患者視点の健康状態が含まれる。

目的達成のために本ガイドラインが目指したのは2点である。第一にエビデンスに基づく意思決定を可能にすることである。診断や治療につきまとう不確実さにどう向き合うかは永遠の課題であり,日々の臨床はそれを乗り越える患者と医療者の共同作業である。その際,不確実さを数値(エビデンス)で示すことが臨床決断の一助となる。第二に甲状腺腫瘍に対する診療を標準化することである。診療方針は個々の状況を勘案して決まるものだが,知識や経験の差による判断のばらつきは抑えておくのが望ましい。

本ガイドラインの適用場面

本ガイドラインの活用が期待される医療場面は甲状腺腫瘍の初期評価およびその診断と治療である。すなわちガイドラインが対象とする疾患は甲状腺腫瘍であり,非腫瘍性結節(橋本病,炎症性疾患)およびリンパ腫は対象としない。ガイドラインが扱う臨床管理は診断と治療(外科治療,放射性ヨウ素内用療法,外照射療法,TSH抑制療法,化学療法,そして分子標的薬治療)および経過観察(非手術,手術後)である。ガイドラインの利用者として甲状腺疾患を扱う臨床医を想定している。

ガイドライン作成主体

日本甲状腺外科学会と日本内分泌外科学会が主体となって作成した。

ガイドライン作成委員会

作成委員会には1名の委員長と2名の副委員長を置き,24 名の委員が参加した。専門領域の内訳は外科18 名,放射線科4名,内分泌内科2名,腫瘍内科1名,病理2名であり,うち1名は臨床疫学の専門を兼ねている。さらに2名の顧問,1名のアドヴァイザーをおいた(ガイドライン作成委員会)。

作成の方法

ガイドラインの改訂作業は2014 年3月に着手した。具体的な手順は日本医療機能評価機構の医療情報サービスMinds が公開している「診療ガイドライン作成の手引き2014」および国際的なグループであるGRADE(The Grading of Recommendations and Assessment, Development and Evaluation)の提案する方法を参考にした。

臨床上の重要な課題に対してクリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)を設定し,それぞれ文献を検索,通覧,抽出,選択,そして吟味した。利用可能なエビデンスと臨床経験に基づく知恵を総合し,委員会での検討を経て,推奨を決定した。

①CQ の設定

臨床上の重要課題を疫学,診断・非手術的管理,組織型別治療方針(乳頭癌,濾胞性腫瘍,髄様癌,低分化癌,未分化癌),放射線治療,分化癌進行例,術後治療,分子標的薬治療の領域に分け最終的に44 のCQ を選定した。

②網羅的文献検索

文献検索をNPO法人日本医学図書館協会に一括依頼し,2008 年1月から2014 年2月までの文献を検索した。検索データベースはPubMed,医中誌WEBおよびThe Cochrane Libraryである。検索式と検索結果はガイドライン冊子体には掲載せず,Web 版での公開とする。

なお,ガイドライン改訂作業が予定よりも長期化して,最終案を2018年4月に完成した。このため,上記検索作業以後も文献を適宜検索・抽出した。文献検索にご協力いただいた方々は次のとおりである。

河合 富士美 聖路加国際病院医学図書館
渡辺 由美 日本獣医生命科学大学図書館/
日本医科大学武蔵境校舎図書室
大谷 裕 東邦大学医学メディアセンター
柿田 憲広 愛知学院大学歯学・薬学図書館情報センター
三浦 裕子 東京女子医科大学図書館
堀米 拓哉 日本大学歯学部図書館

③採用する文献の選択基準

二つの要件を基準とした。第一に研究デザインの優位性を系統的レビュー(メタ分析を含む),ランダム化比較試験,前向き観察研究,後向き観察研究の順にとすること。第二に研究内容が当該CQ のPICO(population, intervention, comparison, outcome)に適っていること。ただしガイドラインが提示するCQ は,個々の臨床疫学研究で解決する疑問research questionと異なり,PICO の設定は精緻でない。この傾向はGRADE の提案によってより顕著である。したがって,本ガイドラインでもCQ ごとにみた文献選択の判断は再現性を欠く可能性がある。

④エビデンスの吟味

臨床疫学の知識に照らし合わせてエビデンスの内的・外的妥当性を吟味した。GRADE の提案する“body of evidence”の概念は採用しなかったが,吟味の要点は[文献の要約]に記載した。そしてエビデンスの質を判断し顔マークで表示した。

⑤推奨とその決定

医療行為(治療)を問うCQ ではその形式を「(特定の治療)は推奨されるか?」とし,それに対する回答(推奨文)を付与した。さらに,[考慮したアウトカム]の項目を列記(益と害の両者を考慮)し,対応する[エビデンス]を提示,その根拠となる[文献の要約]を記載し,[文献]を付記した。

推奨の程度には段階を設けた。医療行為として「行う」あるいは「行わない」のいずれかを推奨し,その程度を「強く推奨する」ないしは「弱く推奨する」のいずれかとする。推奨の程度を◎あるいは×で以下のように表示した。

  強く推奨する 弱く推奨する
行うよう ◎◎◎ ◎または◎◎
行わないよう ××× ×または××

推奨の根拠となるのはエビデンスの質とコンセンサスの程度である。その根拠を推奨ごとに原則、以下のように表示した。

  強く推奨する 弱く推奨する
行うよう 質の高いエビデンス
または
コンセンサス+++
質の低いエビデンス
または
コンセンサス++
または+
行わないよう 質の高いエビデンス
または
コンセンサス+++
質の低いエビデンス
または
コンセンサス++
または+

なお,コンセンサス(合意)形成に投票等は用いず,作成委員会の開催時およびメール審議で意見の集約と確認を行った。

⑥ガイドラインの評価

ガイドライン最終案を作成後,以下のエキスパートによる評価を受けた。

今井 常夫 国立病院機構 東名古屋病院
岩崎 博幸 神奈川県立がんセンター乳腺内分泌外科
北野 博也 日本頭頸部外科学会
鈴木 眞一 福島県立医科大学甲状腺内分泌学講座
福成 信博 昭和大学横浜市北部病院外科

ガイドライン公開後には日本癌治療学会の「がん診療ガイドライン評価委員会」による評価を受ける予定である。

⑦作成の独立性

ガイドライン作成に要する費用の一部(文献検索費,会議費,会議参加者の交通費)は日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会が負担した。ただし,作成委員会は両学会からの介入を受けることなく,独立してガイドラインを作成した。

⑧利益相反

2017 年12 月までに編集委員会委員27 名,評価委員会5名は日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会の利益相反指針の規程に沿って報告を行った。その報告内容は学会ホームページにて公開する。

ガイドラインの普及

本ガイドラインは日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会の学会誌(日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌)にて公開するとともに,直ちに両学会のホームページにても公開する。

ガイドライン普及効果の評価

日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会が参加しているNational Clinical Database(NCD)の甲状腺疾患登録は甲状腺癌登録を兼ねており,本ガイドラインの普及による診療の標準化と,甲状腺腫瘍患者の健康アウトカムはNCD への登録データを利用して評価できる。前者の標準化については,本改訂版が普及すると思われる2019 年症例は2020 年4月までに登録されるので,評価指標を決めて調査を行う。後者の健康アウトカム評価には長期の展望をもって計画する必要がある。

ガイドライン改訂の予定

臨床決断はエビデンスを参照して下される。そのエビデンスを数値で提示するのが診療ガイドラインであるから,より質の高いエビデンスが報告されれば直ちにそれを採用し指針に反映できるよう,その改訂と公開にはダイナミックな仕組みを構築することが望ましい。作成グループは担当領域の文献検索と選択そして吟味の作業を継続し,その成果を毎年学会誌に報告してガイドラインの妥当性を補強する。さらには,そうした進捗を踏まえてガイドラインの大きな改訂を3年後に行う。

利用にあたっての注意点

本ガイドラインは,現時点で利用可能なエビデンスに基づいて作成された診療の指針であるが,実際の診療でその指針に従うことを強制するものではない。また,診断や治療について記載されていない管理方針を制限するものでもない。いわゆるEBM でいうエビデンスとは診断の確実さや治療効果あるいは予後といった,臨床における不確実さを数値で表したものである。臨床の現場では多くのことに100%の確信をもてないので,行動の決断には定量化された不確実さが役立つ。一方で,不確実であるからこそエビデンスに基づいた判断が最善の結果をもたらすとは限らない。正確なエビデンスを知っていることは専門医にとって必須であるが,病歴や身体所見そして検査所見から得られる目の前の患者の個性ともいうべき特徴を十分に把握することも,適切な臨床判断には不可欠である。したがって,主治医は本ガイドラインを参考に患者の状況や希望を考慮して診療方針を決定すべきである。本ガイドラインの記述内容に関しては,作成委員会が責任を負うが,実際の治療結果についての責任は治療担当者が負うべきである。