本ガイドラインにおける基本事項

I 進行期分類

卵巣癌に対する手術進行期分類は,これまで1988 年のFIGO(International Federation of Gynecology and Obstetrics)分類が長年にわたって用いられてきた。しかし,2014 年には卵巣癌だけではなく,卵管癌・腹膜癌を含めた新FIGO 進行期分類(FIGO 2014)が提唱され,日本産科婦人科学会でも採用された1)。そして,日本産科婦人科学会では,2015 年1 月1 日からの症例よりFIGO 2014 分類に沿って症例登録が行われるようになった。その後,2015 年4 月には『卵巣がん治療ガイドライン2015 年版』が発刊されたが,この2015 年版では手術進行期分類は1988 年のFIGO 分類に則って記載された。2015 年8 月にはFIGO 2014 分類に準拠した『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編』が2),さらに2016 年7 月にはWHO 分類(2014)を本邦の実情に合わせた『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約病理編』が発刊された3)

本ガイドラインの名称は,これまで『卵巣がん治療ガイドライン』を用いてきた。しかし,本邦の取扱い規約では,卵巣,卵管,腹膜の腫瘍は臨床的にも病理組織学的にも一つにまとめて取り扱われており,本ガイドラインの名称を『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン』と改めることとなった。

本ガイドラインではFIGO 2014 分類をもとに記載したが,これまでのエビデンスはFIGO 1988 分類のものが多く,新分類での表記は大文字A, B, C を用い,旧分類で表記する必要があると思われた場合には小文字a, b, c で記載した。

1.手術進行期分類

(1)卵巣癌・卵管癌・腹膜癌手術進行期分類(日産婦2014, FIGO 2014)2)
Ⅰ期:
卵巣あるいは卵管内限局発育
ⅠA 期:
腫瘍が一側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し,被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの
ⅠB 期:
腫瘍が両側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し,被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの
ⅠC 期:
腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に限局するが,以下のいずれかが認められるもの
ⅠC1 期:
手術操作による被膜破綻
ⅠC2 期:
自然被膜破綻あるいは被膜表面への浸潤
ⅠC3 期:
腹水または腹腔洗浄細胞診に悪性細胞が認められるもの
Ⅱ期:
腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し,さらに骨盤内(小骨盤腔)への進展を認めるもの,あるいは原発性腹膜癌
ⅡA 期:
進展ならびに/あるいは転移が子宮ならびに/あるいは卵管ならびに/あるいは卵巣に及ぶもの
ⅡB 期:
他の骨盤部腹腔内臓器に進展するもの
Ⅲ期:
腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し,あるいは原発性腹膜癌で,細胞学的あるいは組織学的に確認された骨盤外の腹膜播種ならびに/あるいは後腹膜リンパ節転移を認めるもの
ⅢA1 期:
後腹膜リンパ節転移陽性のみを認めるもの(細胞学的あるいは組織学的に確認)
ⅢA1(i)期:
転移巣最大径10 mm 以下
ⅢA1(ii)期:
転移巣最大径10 mm をこえる
ⅢA2 期:
後腹膜リンパ節転移の有無にかかわらず,骨盤外に顕微鏡的播種を認めるもの
ⅢB 期:
後腹膜リンパ節転移の有無にかかわらず,最大径2 cm 以下の腹腔内播種を認めるもの
ⅢC 期:
後腹膜リンパ節転移の有無にかかわらず,最大径2 cm をこえる腹腔内播種を認めるもの(実質転移を伴わない肝および脾の被膜への進展を含む)
Ⅳ期:
腹膜播種を除く遠隔転移
ⅣA 期:
胸水中に悪性細胞を認める
ⅣB 期:
実質転移ならびに腹腔外臓器(鼠径リンパ節ならびに腹腔外リンパ節を含む)に転移を認めるもの
[分類にあたっての注意事項]

従来の卵巣癌の進行期から,卵巣癌・卵管癌・腹膜癌のカテゴリーとしてまとめられた。それに伴い,進行期の捉え方が変更になった。

  1. (1)手術進行期分類とともに組織型や組織学的異型度を記録する。
  2. (2)各卵巣内に限局した状態であったⅠ期では,卵巣あるいは卵管内限局発育と定義され,ⅠC 期では,細分類された。

    ⅠC1 期:手術操作による被膜破綻

    ⅠC2 期:自然被膜破綻あるいは被膜表面への浸潤

    ⅠC3 期:腹水または腹腔洗浄細胞診に悪性細胞が認められるもの

    であり,卵巣被膜破綻は,腫瘍細胞の腹膜腔への露出をもって診断する。

  3. (3)原発性腹膜癌にはⅠ期が存在しない。
  4. (4)腫瘍が両側の卵巣あるいは卵管に限局して存在している場合であっても,一方の卵巣あるいは卵管が原発巣で,対側の卵巣あるいは卵管の病巣が播種巣あるいは転移巣と判断される場合には,ⅠB 期ではなくⅡA 期とする。
  5. (5)手術操作による被膜破綻はⅠC1 期に分類するが,組織学的に証明された腫瘍細胞の露出を伴う強固な癒着はⅡ期とする。
  6. (6)S 状結腸は骨盤部腹腔内臓器に分類される。
  7. (7)骨盤内(小骨盤腔)へ進展するⅡ期に原発性腹膜癌が含まれたため,Ⅱc 期(腫瘍発育がⅡa またはⅡb で被膜表面への浸潤や被膜破綻が認められたり,腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められるもの)が削除された。
  8. (8)Ⅲ期では,骨盤外の腹膜播種や後腹膜リンパ節転移について,細胞学的あるいは組織学的に確認する必要がある。
    リンパ節腫大のみでは転移と判定しない。転移巣最大径による細分類が追加された。

    ⅢA1(i)期:転移巣最大径10 mm 以下

    ⅢA1(ii)期:転移巣最大径10 mm をこえる

    ⅢA2 期:後腹膜リンパ節転移の有無にかかわらず,骨盤外に顕微鏡的播種を認めるもの

  9. (9)遠隔転移を有する例をⅣ期としたが,胸水中に悪性細胞を認めるのみの例をⅣA 期とする。
  10. (10)腸管の貫壁性浸潤,臍転移,肝や脾への実質転移は肺転移や骨転移同様にⅣB 期とする。ただし,大網から肝や脾への腫瘍の進展はⅣB 期とせず,ⅢC 期とする。

〔卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編 第1 版(2015 年),金原出版 より〕

(2)卵巣がん手術進行期分類(FIGO 1988)4)
Ⅰ期:
卵巣内限局発育
Ⅰa:
腫瘍が一側の卵巣に限局し,癌性腹水がなく,被膜表面への浸潤や被膜破綻の認められないもの。
Ⅰb:
腫瘍が両側の卵巣に限局し,癌性腹水がなく,被膜表面への浸潤や被膜破綻の認められないもの。
Ⅰc:
腫瘍は一側または両側の卵巣に限局するが,被膜表面への浸潤や被膜破綻が認められたり,腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞が認められるもの。
[注]
腫瘍表面の擦過細胞診で悪性細胞が検出された場合はⅠc とする。
Ⅱ期:
腫瘍が一側または両側の卵巣に存在し,さらに骨盤内への進展を認めるもの。
Ⅱa:
進展ならびに/あるいは転移が,子宮ならびに/あるいは卵管に及ぶもの。
Ⅱb:
他の骨盤内臓器に進展するもの。
Ⅱc:
腫瘍の進展がⅡa あるいはⅡb で,被膜表面への浸潤や被膜破綻が認められたり,腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞が認められるもの。
[注1]
Ⅰc およびⅡc においては,さらに次のように分けて表現する。
Ⅰc(a):
自然被膜破綻
Ⅰc(b):
手術操作による破綻
Ⅰc(1):
腹腔洗浄細胞診陽性
Ⅰc(2):
腹水細胞診陽性
Ⅱc も同様とする。
[注2]
他臓器への進展も組織学的に調べられることが望ましい。
Ⅲ期:
腫瘍が一側または両側の卵巣に存在し,さらに骨盤外の腹膜播種ならびに/あるいは後腹膜または,鼠径部のリンパ節転移を認めるもの。また腫瘍は小骨盤に限局しているが小腸や大網に組織学的転移を認めるものや,肝表面への転移の認められるものもⅢ期とする。
Ⅲa:
リンパ節転移陰性で,腫瘍は肉眼的に小骨盤に限局しているが,腹膜表面に顕微鏡的播種を認めるもの。
Ⅲb:
リンパ節転移陰性で,組織学的に確認された直径2 cm 以下の腹腔内播種を認めるもの。
Ⅲc:
直径2 cm を超える腹腔内播種ならびに/あるいは後腹膜または鼠径リンパ節に転移が認められるもの。
[注1]
腹腔内転移の大きさは最大のものの径で示す。すなわち2 cm 以下のものが多数認められてもⅢb とする。
[注2]
リンパ節郭清が行われなかった場合,触診,その他のでき得るかぎりの検索で知り得た範囲で転移の有無を判断し,進行期を決定する。
Ⅳ期:
腫瘍が一側または両側の卵巣に存在し,遠隔転移を伴うもの。胸水の存在によりⅣ期とする場合には,胸水中に悪性細胞を認めなければならない。肝実質への転移もⅣ期とする。
[注]
肝実質転移は組織学的(細胞学的)に確認されることが望ましいが,画像診断で転移と診断されたものもⅣ期とする。

〔卵巣腫瘍取扱い規約 第1 部 第2 版(2009 年),金原出版 より〕

2.TNM 分類(UICC 第8 版)5)

UICC から,FIGO 2014 分類に準拠するTNM 分類が第8 版として発刊された。

TNM 分類は次の3 つの因子に基づいて病変の解剖学的進展度を記載する。

T:原発腫瘍の進展度
N:所属リンパ節の状態
M:遠隔転移の有無

各々の広がりについては数字で付記する。

1.T 分類:原発腫瘍の進展度
TX
原発腫瘍の評価が不可能

T0
原発腫瘍を認めない

T1
卵巣あるいは卵管内限局発育

T1a
腫瘍が一側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し,被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの

T1b
腫瘍が両側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し,被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの

T1c
腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に限局するが,以下のいずれかが認められるもの
T1c1
手術操作による被膜破綻
T1c2
自然被膜破綻あるいは被膜表面への浸潤
T1c3
腹水または腹腔洗浄細胞診に悪性細胞が認められるもの
T2
腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し,さらに骨盤内(小骨盤腔)への進展を認めるもの,あるいは原発性腹膜癌
T2a
進展ならびに/あるいは転移が子宮ならびに/あるいは卵管ならびに/あるいは卵巣に及ぶもの
T2b
他の骨盤部腹腔内臓器に進展するもの
T3
腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し,あるいは原発性腹膜癌で,細胞学的あるいは組織学的に確認された骨盤外の腹膜播種
T3a
骨盤外に顕微鏡的播種を認めるもの
T3b
最大径2 cm 以下の腹腔内播種を認めるもの
T3c
最大径2 cm をこえる腹腔内播種を認めるもの
2.N 分類:所属リンパ節
NX
所属リンパ節転移の評価が不可能
N0
所属リンパ節転移なし
N1
所属リンパ節転移あり
N1a
転移巣最大径10 mm 以下
N1b
転移巣最大径10 mm をこえる
3.M 分類:遠隔転移
M0
遠隔転移なし
M1
遠隔転移あり
M1a
胸水中に悪性細胞を認める
M1b
実質転移
[病理組織学的分化度分類]
GX
分化度の評価が不可能
G1
高分化
G2
中分化
G3
低分化

〔卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編 第1 版(2016 年),金原出版 より〕

3.FIGO 分類(2014)とTNM 分類(UICC 第8 版)の対応2, 3)

FIGO 2014 分類とUICC 第8 版で用いられているTNM 分類の対応を表1 に示す。

表1 FIGO 分類(2014)とTNM 分類(UICC 第8 版)の対応

〔卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編 第1 版(2016 年),金原出版 より〕

Ⅱ リンパ節の部位と名称

従来の卵巣腫瘍取扱い規約におけるリンパ節の名称に関しては,1991 年日本癌治療学会リンパ節合同委員会ならびに子宮頸癌取扱い規約に基づき命名されてきた。2002 年に日本癌治療学会リンパ節規約が改訂された6)ことを受け,『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編』(2015 年)2)よりリンパ節の名称と部位が以下のように定められた。

  1. 1)リンパ節は,主要血管の走行に沿って存在するものが多い。原則的にその血管名に従って命名される。
  2. 2)近傍に目標となる血管のないものでは,神経,靱帯名などにより命名される。
  3. 3)解剖学における新学名(Nomina Anatomica Parisiensia)を尊重するが,臨床上慣用されてきた名称も許容する。国際的にも採用され得る命名を採る。
  4. 4)命名の極端な細分化を避ける。
  5. 5)原則としてリンパ節番号は用いない。
①傍大動脈リンパ節(腹部大動脈周囲リンパ節) para-aortic nodes

腹部大動脈および下大静脈に沿うもの。

①-1 高位傍大動脈リンパ節:

下腸間膜動脈根部より頭側で,横隔膜脚部までの大動脈周囲にあるリンパ節。この領域の下大静脈周辺のリンパ節も含む。

①-2 低位傍大動脈リンパ節:

下腸間膜動脈根部から大動脈分岐部の高さまでの大動脈および下大静脈周辺のリンパ節を指し,下腸間膜動脈根部の高さに接するリンパ節も含まれる。

【補足1】
大動脈左側から下大静脈右側までのリンパ節を便宜上傍大動脈リンパ節とよぶが,細区分が必要な場合には,大動脈前面から左側にかけてのリンパ節を傍大動脈リンパ節,大動脈と下大静脈の間に存在するリンパ節を大動静脈間リンパ節,下大静脈前面から右側にかけてのリンパ節を下大静脈周囲リンパ節と記載する。
【補足2】 
子宮頸癌および子宮体癌取扱い規約では高位傍大動脈リンパ節を「左腎静脈下縁から下腸管膜動脈根部上縁までの領域」と規定しているが,卵巣・卵管・腹膜癌のFIGO 2014 分類では傍大動脈リンパ節は腹部の大動脈・下大静脈周囲のリンパ節と規定され,左腎静脈より頭側のリンパ節も含まれるようになった。子宮頸癌および子宮体癌取扱い規約にあわせて下腸間膜動脈根部より尾側を「低位傍大動脈リンパ節」とし,下腸間膜動脈根部より頭側で,横隔膜脚部までを「高位傍大動脈リンパ節」として分類することとした。
②総腸骨リンパ節 common iliac nodes

総腸骨動静脈に沿うリンパ節。浅外側総腸骨リンパ節,深外側総腸骨リンパ節,内側総腸骨リンパ節に細区分される。

③外腸骨リンパ節 external iliac nodes

外腸骨血管分岐部より足方で,外腸骨血管の外側あるいは動静脈間にあるもの。

④鼠径上リンパ節 suprainguinal nodes(大腿上リンパ節 suprafemoral nodes)

外腸骨血管が鼠径靱帯下に入る直前にあるもの。

血管の外側にあって,外腸骨リンパ節に連絡し,深腸骨回旋静脈よりも末梢にあるものを外鼠径上リンパ節といい,血管の内側にあり,閉鎖リンパ節に連絡するものを内鼠径上リンパ節という。

 卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌治療に関係するリンパ節の名称と解剖学的指標

⑤内腸骨リンパ節 internal iliac nodes

内腸骨血管と外腸骨血管とによって作られるいわゆる血管三角部および内腸骨動静脈に沿うもの。

⑥閉鎖リンパ節 obturator nodes

外腸骨血管の背側で閉鎖孔および閉鎖神経,閉鎖動静脈周囲にあるもの。

⑦仙骨リンパ節 sacral nodes

内腸骨血管より内側で仙骨前面とWaldeyer 筋膜の間にあるもの。正中仙骨動静脈に沿うものを正中仙骨リンパ節,外側仙骨動静脈に沿うものを外側仙骨リンパ節という。

⑧基靱帯リンパ節 parametrial nodes

基靱帯およびその周辺に存在するもの。子宮傍組織リンパ節,尿管リンパ節などと称せられた表在性のもの(頸部傍組織リンパ節paracervical nodes),および基靱帯基部近くに存在する深在性のものすべてを含める。

⑨鼠径リンパ節 inguinal nodes

鼠径靱帯より足方にあるもの。

同リンパ節への転移を認めるものは『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編』(2015 年)から遠隔転移と規定され,ⅣB 期となる。

〔卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編 第1 版(2015 年),金原出版 より〕

Ⅲ 組織学的分類

卵巣腫瘍の組織学的分類として,本邦独自の日産婦分類とWHO 分類の両者が長年にわたって用いられてきた。しかし,国際的な分類に統一するために,1990 年に日本産科婦人科学会と日本病理学会による『卵巣腫瘍取扱い規約 第1 部 組織分類ならびにカラーアトラス』が出版された。その後,2003 年のWHO 分類改訂に伴い,本邦からも2009 年に第2 版として改訂版が出版された。さらに,2014 年にWHO 分類ならびにFIGO 手術進行期分類が改訂された。これらの最新の分類では,卵巣,卵管,腹膜の腫瘍は,臨床的にも病理組織学的にも一つにまとめて取り扱われている。本邦でもこれらの分類に準拠し,2015 年8 月に『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編 第1 版』が,2016 年7 月に『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編 第1 版』が発刊された。

『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編 第1 版』の主な改訂点を以下に示す。①取扱い規約の対象は卵巣腫瘍のみではなく,卵管癌と腹膜癌も含まれる。②表層上皮性・間質性腫瘍surface epithelial-stromal tumor から上皮性腫瘍epithelial tumor に変更となった。③「adenocarcinoma」は「carcinoma」に統一された。④境界悪性腫瘍borderline tumor の同義語にatypical proliferative tumor が列記された。⑤腺線維腫adenofibroma は亜型として良性腫瘍に残された。⑥境界悪性腫瘍における微小浸潤は5 mm 未満に統一された。⑦「類内膜腺癌と漿液性腺癌との鑑別が困難な場合は,漿液性腺癌に分類する」は削除された。⑧扁平上皮性腫瘍squamous cell tumor, 混合型上皮性腫瘍mixed epithelial tumor, および分類不能腺癌unclassified adenocarcinoma は削除された。

卵巣腫瘍の組織学的異型度(Grade)は組織型,進行期とともに予後因子として重要であるのみならず,治療方針を決定するために不可欠な情報である。『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編 第1 版』では,卵巣の類内膜癌は充実性増殖の占める割合が5%以下,6 〜50%,50%をこえる場合にそれぞれGrade 1(高分化),Grade 2(中分化),Grade 3(低分化)とし,Grade 1 とGrade 2 で細胞異型が高度の場合はGrade を1 段階上げる。漿液性癌は低異型度(low-grade)と高異型度(high-grade)に二分されるようになった。粘液性癌は異型度よりも発育様式が圧排性(expansile type),侵入性(infiltrative type)のいずれであるかが予後の観点からは重要である。明細胞癌は異型度の臨床的意義が確立されていないため,評価対象とならない。また,小細胞癌(高カルシウム血症型,肺型)にも異型度分類が適用されない。未熟奇形腫については,取扱い規約を参照されたい。

卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編(2016 年7 月,第1 版)
① 卵巣腫瘍 Ovarian tumors
Ⅰ 上皮性腫瘍 Epithelial tumors ICD-O コード
A.漿液性腫瘍 Serous tumors
  1. 良性 Benign
    1. a.漿液性囊胞腺腫 Serous cystadenoma 8441/0
    2. b.漿液性腺線維腫 Serous adenofibroma 9014/0
    3. c.漿液性表在性乳頭腫 Serous surface papilloma 8461/0
  2. 境界悪性 Borderline
    1. a.漿液性境界悪性腫瘍 Serous borderline tumor/Atypical proliferative serous tumor 8442/1
    2. b.微小乳頭状パターンを伴う漿液性境界悪性腫瘍/ 非浸潤性低異型度漿液性癌 Serous borderline tumor, micropapillary variant/Non-invasive low-grade serous carcinoma 8460/2
  3. 悪性 Malignant
    1. a.低異型度漿液性癌 Low-grade serous carcinoma 8460/3
    2. b.高異型度漿液性癌 High-grade serous carcinoma 8461/3
B.粘液性腫瘍 Mucinous tumors
  1. 良性 Benign
    1. a.粘液性囊胞腺腫 Mucinous cystadenoma 8470/0
    2. b.粘液性腺線維腫 Mucinous adenofibroma 9015/0
  2. 境界悪性 Borderline
    1. a.粘液性境界悪性腫瘍 Mucinous borderline tumor/Atypical proliferative mucinous tumor 8472/1
  3. 悪性 Malignant
    1. a.粘液性癌 Mucinous carcinoma 8480/3
C.類内膜腫瘍 Endometrioid tumors
  1. 良性 Benign
    1. a.子宮内膜症性囊胞 Endometriotic cyst
    2. b.類内膜囊胞腺腫 Endometrioid cystadenoma 8380/0
    3. c.類内膜腺線維腫 Endometrioid adenofibroma 8381/0
  2. 境界悪性 Borderline
    1. a.類内膜境界悪性腫瘍 Endometrioid borderline tumor/Atypical proliferative endometrioid tumor 8380/1
  3. 悪性 Malignant
    1. a.類内膜癌 Endometrioid carcinoma 8380/3
D.明細胞腫瘍 Clear cell tumors
  1. 良性 Benign
    1. a.明細胞囊胞腺腫 Clear cell cystadenoma 8443/0
    2. b.明細胞腺線維腫 Clear cell adenofibroma 8313/0
  2. 境界悪性 Borderline
    1. a.明細胞境界悪性腫瘍 Clear cell borderline tumor/Atypical proliferative clear cell tumor 8313/1
  3. 悪性 Malignant
    1. a.明細胞癌 Clear cell carcinoma 8310/3
E.ブレンナー腫瘍 Brenner tumors
  1. 良性 Benign
    1. a.ブレンナー腫瘍 Brenner tumor 9000/0
  2. 境界悪性 Borderline
    1. a.境界悪性ブレンナー腫瘍 Borderline Brenner tumor/Atypical proliferative Brenner tumor 9000/1
  3. 悪性 Malignant
    1. a.悪性ブレンナー腫瘍 Malignant Brenner tumor 9000/3
F.漿液粘液性腫瘍 Seromucinous tumors
  1. 良性 Benign
    1. a.漿液粘液性囊胞腺腫 Seromucinous cystadenoma 8474/0
    2. b.漿液粘液性腺線維腫 Seromucinous adenofibroma 9014/0
  2. 境界悪性 Borderline
    1. a.漿液粘液性境界悪性腫瘍 Seromucinous borderline tumor/Atypical proliferative seromucinous tumor 8474/1
  3. 悪性 Malignant
    1. a.漿液粘液性癌 Seromucinous carcinoma 8474/3
G.未分化癌 Undifferentiated carcinoma 8020/3
II 間葉系腫瘍 Mesenchymal tumors
A.低異型度類内膜間質肉腫 Low-grade endometrioid stromal sarcoma 8931/3
B.高異型度類内膜間質肉腫 High-grade endometrioid stromal sarcoma  8930/3
III 混合型上皮性間葉系腫瘍 Mixed epithelial and mesenchymal tumors
A.腺肉腫 Adenosarcoma  8933/3
B.癌肉腫 Carcinosarcoma  8980/3
IV 性索間質性腫瘍 Sex cord-stromal tumors
A.純粋型間質性腫瘍 Pure stromal tumors
  1. 線維腫 Fibroma 8810/0
  2. 富細胞性線維腫 Cellular fibroma 8810/1
  3. 莢膜細胞腫 Thecoma 8600/0
  4. 硬化性腹膜炎を伴う黄体化莢膜細胞腫 Luteinized thecoma associated with sclerosing peritonitis 8601/0
  5. 線維肉腫 Fibrosarcoma 8810/3
  6. 硬化性間質性腫瘍 Sclerosing stromal tumor 8602/0
  7. 印環細胞間質性腫瘍 Signet-ring stromal tumor 8590/0
  8. 微小囊胞間質性腫瘍 Microcystic stromal tumor 8590/0
  9. ライディッヒ細胞腫 Leydig cell tumor 8650/0
  10. ステロイド細胞腫瘍 Steroid cell tumor 8670/0
  11. 悪性ステロイド細胞腫瘍 Steroid cell tumor, malignant 8670/3
B.純粋型性索腫瘍 Pure sex cord tumors
  1. 成人型顆粒膜細胞腫 Adult granulosa cell tumor 8620/3
  2. 若年型顆粒膜細胞腫 Juvenile granulosa cell tumor 8622/1
  3. セルトリ細胞腫 Sertoli cell tumor 8640/1
  4. 輪状細管を伴う性索腫瘍 Sex cord tumor with annular tubules 8623/1
V 混合型性索間質性腫瘍 Mixed sex cord-stromal tumors
A.セルトリ・ライディッヒ細胞腫 Sertoli-Leydig cell tumors
  1. 高分化型セルトリ・ライディッヒ細胞腫 Sertoli-Leydig cell tumor, well differentiated 8631/0
  2. 中分化型セルトリ・ライディッヒ細胞腫 Sertoli-Leydig cell tumor, moderately differentiated 8631/1
  3. 低分化型セルトリ・ライディッヒ細胞腫 Sertoli-Leydig cell tumor, poorly differentiated 8631/3
  4. 網状型セルトリ・ライディッヒ細胞腫 Sertoli-Leydig cell tumor, retiform 8633/1
B.その他の性索間質性腫瘍 Sex cord-stromal tumors, NOS 8590/1
VI 胚細胞腫瘍 Germ cell tumors
A.未分化胚細胞腫/ディスジャーミノーマ Dysgerminoma 9060/3
B.卵黄囊腫瘍 Yolk sac tumor 9071/3
C.胎芽性癌 Embryonal carcinoma 9070/3
D.非妊娠性絨毛癌 Non-gestational choriocarcinoma 9100/3
E.成熟奇形腫 Mature teratoma 9080/0
F.未熟奇形腫 Immature teratoma 9080/3
G.混合型胚細胞腫瘍 Mixed germ cell tumor 9085/3
VII  単胚葉性奇形腫および皮様囊腫に伴う体細胞型腫瘍 Monodermal teratoma and somatic-type tumors arising from dermoid cyst
A.良性卵巣甲状腺腫 Struma ovarii, benign 9090/0
B.悪性卵巣甲状腺腫 Struma ovarii, malignant 9090/3
C.カルチノイド腫瘍 Carcinoid tumor 8240/3
  1. 甲状腺腫性カルチノイド Strumal carcinoid 9091/1
  2. 粘液性カルチノイド Mucinous carcinoid 8243/3
D.神経外胚葉性腫瘍 Neuroectodermal-type tumors
E.脂腺腫瘍 Sebaceous tumors
F.他の単胚葉性奇形腫 Other rare monodermal teratomas
G.癌 Carcinomas
  1. 扁平上皮癌 Squamous cell carcinoma 8070/3
  2. その他 Others
VIII 胚細胞・性索間質性腫瘍 Germ cell-sex cord-stromal tumors
A.性腺芽腫(悪性胚細胞腫瘍を伴う性腺芽腫を含む) Gonadoblastoma, including gonadoblastoma with malignant germ cell tumor 9073/1
B.分類不能な混合型胚細胞・性索間質性腫瘍 Mixed germ cell-sex cord-stromal tumor, unclassified 8594/1
IX その他の腫瘍 Miscellaneous tumors
A.卵巣網の腫瘍 Tumors of the rete ovarii
B.ウォルフ管腫瘍 Wolffian tumor〔ウォルフ管遺残を起源とする可能性がある女性付属器腫瘍 Female adnexal tumor with probable Wolffian origin(FATWO)〕 9110/1
C.小細胞癌 Small cell carcinoma
  1. 高カルシウム血症型 Hypercalcemic type 8044/3
  2. 肺型 Pulmonary type 8041/3
D.ウィルムス腫瘍 Wilms tumor(腎芽腫 Nephroblastoma) 8960/3
E.傍神経節腫 Paraganglioma 8693/1
F.充実性偽乳頭状腫瘍 Solid pseudopapillary neoplasm 8452/1
X 中皮腫瘍 Mesothelial tumors
XI 軟部腫瘍 Soft tissue tumors
XII 腫瘍様病変 Tumor-like lesions
A.卵胞囊胞 Follicle cyst
B.黄体囊胞 Corpus luteum cyst
C.大型孤在性黄体化卵胞囊胞 Large solitary luteinized follicle cyst
D.黄体化過剰反応 Hyperreactio luteinalis
E.妊娠黄体腫 Pregnancy luteoma
F.間質過形成 Stromal hyperplasia
G.間質莢膜細胞過形成 Stromal hyperthecosis
H.線維腫症 Fibromatosis
I. 広汎性浮腫 Massive edema
J.ライディッヒ細胞過形成 Leydig cell hyperplasia
   (門細胞過形成 Hilar cell hyperplasia)
K.その他 Others
XIII リンパ性・骨髄性腫瘍 Lymphoid and myeloid tumors
A.悪性リンパ腫 Malignant lymphoma
B.形質細胞腫 Plasmacytoma 9734/3
C.骨髄性腫瘍 Myeloid neoplasms
XIV 二次性腫瘍 Secondary tumors(転移性腫瘍 Metastatic tumors)
② 卵管腫瘍 Tubal tumors
③ 腹膜腫瘍 Peritoneal tumors
Ⅰ 上皮性腫瘍 Epithelial tumors
  1. 漿液性腺線維腫 Serous adenofibroma 9014/0
  2. 漿液性卵管上皮内癌 Serous tubal intraepithelial carcinoma(STIC) 8441/2
  3. 漿液性境界悪性腫瘍 Serous borderline tumor 8442/1
  4. 低異型度漿液性癌 Low-grade serous carcinoma 8460/3
  5. 高異型度漿液性癌 High-grade serous carcinoma 8461/3
  6. その他の上皮性腫瘍 Other epithelial tumors
II 中皮腫瘍 Mesothelial tumors
  1. アデノマトイド腫瘍 Adenomatoid tumor 9054/0
  2. 高分化型乳頭状中皮腫 Well-differentiated papillary mesothelioma
  3. 悪性中皮腫 Malignant mesothelioma
III 平滑筋腫瘍 Smooth muscle tumors
  1. 播種性腹膜平滑筋腫症 Leiomyomatosis peritonealis disseminata
    (びまん性腹膜平滑筋腫症 Diffuse peritoneal leiomyomatosis) 8890/1
IV 起源不明の腫瘍 Tumors of uncertain origin
  1. 線維形成性小型円形細胞腫瘍 Desmoplastic small round cell tumor 8806/3
V その他の原発腫瘍 Miscellaneous primary tumors
  1. 孤立性線維性腫瘍 Solitary fibrous tumor 8815/1
  2. 悪性孤立性線維性腫瘍 Malignant solitary fibrous tumor 8815/3
  3. 骨盤線維腫症 Pelvic fibromatosis(デスモイド腫瘍 Desmoid tumor) 8822/1
  4. 炎症性筋線維芽細胞腫瘍 Inflammatory myofibroblastic tumor 8825/1
  5. 石灰化線維性腫瘍 Calcifying fibrous tumor 8817/0
  6. 消化管外間質腫瘍 Extra-gastrointestinal stromal tumor 8936/3
  7. 類内膜間質腫瘍 Endometrioid stromal tumors
VI 二次性腫瘍 Secondary tumors
  1. 低異型度粘液性腫瘍による腹膜偽粘液腫 Low-grade mucinous neoplasm associated with pseudomyxoma peritonei
  2. 膠腫症 Gliomatosis

〔卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 病理編 第1 版(2016 年),金原出版 より〕

Ⅳ 治療

卵巣がん・卵管癌・腹膜癌の治療法は,手術療法を基本とした集学的治療であり,主に薬物療法が併用される。手術療法および薬物療法の選択は,進行期,組織型,組織学的異型度など予後を左右する因子と,年齢,合併症,挙児希望など臨床的事項を総合的に判断して行われる。治療を行う場合には,婦人科腫瘍専門医制度指定修練施設,あるいは婦人科腫瘍専門医が常勤し,外科・泌尿器科・腫瘍内科医などとの連携が十分に取れ,集学的治療が行える施設において実施することを推奨する。

1.手術療法(表2

初回治療における手術の目的は,腫瘍の組織型と進展度を診断し(surgical staging),原発ならびに転移巣を可及的に摘出することにある(maximal debulking surgery)。

表2 悪性卵巣腫瘍の術式

1) 進行期決定開腹手術(staging laparotomy)/一次的腫瘍減量手術(primary debulking surgery;PDS)

初回手術においては両側付属器摘出術+子宮全摘出術+大網切除術に加え,進行期の確定に必要な手技〔腹腔細胞診,腹腔内各所の生検,骨盤・傍大動脈リンパ節郭清(生検)など〕を含むstaging laparotomy を行う。リンパ節の郭清(生検)範囲は骨盤リンパ節と傍大動脈リンパ節である(Ⅱ リンパ節の部位と名称〜参照)。腹腔内播種や転移病巣を有する場合には,肉眼的残存がない状態を目指したPDS を考慮する。初回手術が不完全に終了し,十分なステージングや腫瘍減量手術が行われなかった場合には,再開腹による適切なステージングや腫瘍減量手術を行うことが望ましい。境界悪性腫瘍においては,両側付属器摘出術+子宮全摘出術+大網切除術に加えて腹腔細胞診+腹腔内各所の生検を行う。系統的リンパ節検索の省略は可能であるが,腫大リンパ節を認めた場合には生検を行う。

▶︎▶︎注1
debulking とcytoreductive は同義語として扱われ,cytoreductive surgery, primary cytoreductive surgery(PCS), secondary cytoreductive surgery(SCS) の用語が用いられることもある。
▶︎▶︎注2
手術完遂度:肉眼的に腫瘍が完全摘出された場合(complete surgery)と,残存腫瘍径が1 cm 未満の場合(optimal surgery)および残存腫瘍径が1 cm 以上の場合(suboptimal surgery)では予後が異なるとされる。
2)試験開腹術(exploratory laparotomy)

PDS が困難な症例に対し,化学療法の効果を期待して,生検による組織型の確定と最小限の進行期確認にとどめる手術をいう。このような症例に対しては化学療法後のinterval debulking surgery(IDS) が選択肢となる。

3)インターバル腫瘍減量手術(interval debulking surgery;IDS)

初回手術が試験開腹術であった場合,もしくはPDS を施行するもsuboptimal surgery にとどまった場合には,初回化学療法中に計画的な減量手術(IDS)を行うことがある。またPDS でoptimal surgery が不可能と予想される症例や,全身状態や合併症などによりPDS が十分に行えない症例にも化学療法先行後の腫瘍縮小手術〔neoadjuvant chemotherapy (NAC)+IDS〕は選択肢となる。IDS を行う場合には,完全切除を目指す。

4)二次的腫瘍減量手術(secondary debulking surgery;SDS)

再発腫瘍や初回治療終了後に認められる残存腫瘍に対して可能な限り最大限の腫瘍減量を目的に行う手術である。SDS を行う場合には,完全切除を目指す。『卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約 臨床編 第1 版』(2015 年)では「初回化学療法終了後に認められる残存腫瘍に対する手術も含む」と記載されているが,本ガイドラインでは再発腫瘍に対する手術をSDS とする。

5)妊孕性温存手術

患者本人が挙児を強く望み,かつ患者および家族が疾患について深く理解した上,十分なインフォームド・コンセントが得られた場合に考慮される。妊孕性温存における基本的な術式は,患側付属器摘出術+大網切除術+腹腔細胞診である。Staging laparotomy で行われる手技として,対側卵巣の生検,骨盤・傍大動脈リンパ節の郭清(生検),腹腔内各所の生検などが挙げられる。術中迅速診断による病理組織学的診断の確定が困難な場合には,妊孕能が温存される術式にとどめて一旦手術を終了し,永久標本を確認した上で,再開腹によるstaging laparotomy もしくはdebulking surgery の適応について検討する。

2.薬物療法

卵巣癌には進行例が多く,早期癌でもしばしば再発する。その一方で,薬物療法が奏効する腫瘍であることから,多くの症例が薬物療法の対象となる。薬物療法としては化学療法が中心であるが,近年,分子標的治療薬も用いられるようになってきた。

1)化学療法(表3

化学療法の目的とその施行時期により分類し,下記に列挙した。

a)初回化学療法(first-line chemotherapy)

卵巣癌初回化学療法のkey drug はタキサン製剤とプラチナ製剤である。現在の標準的初回化学療法はタキサン製剤とプラチナ製剤の併用療法で,代表的なものとしてパクリタキセル(T)とカルボプラチン(C)の併用療法(TC 療法)がある。分子標的治療薬として血管新生阻害薬の臨床導入も進んでいる。

表3 悪性卵巣腫瘍の化学療法の分類

投与経路は静脈内投与が標準的である。進行卵巣癌症例においては腹腔内化学療法(intraperitoneal chemotherapy;IP 療法)の有用性を評価する臨床試験が行われている。明細胞癌や粘液性癌では,標準療法による奏効率が低く,新たな治療法が模索されている。

b)術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy;NAC)

初回手術に先立って,または試験開腹術後に根治手術完遂率の向上などを目的として行う化学療法であり,通常,初回手術(PDS)でoptimal surgery が不可能と予測される症例や,全身状態や合併症などによりPDS が十分に行えない症例に対して行われる。薬剤や投与法の選択は,初回化学療法に準じて行われる。

c)維持化学療法(maintenance chemotherapy/consolidation chemotherapy)

初回手術と化学療法で寛解が得られた後に長期生存を目的として行う化学療法である。本ガイドラインで「維持療法」の文言を用いた場合には,初回手術と化学療法で寛解が得られた後に長期生存を目的として行う薬物治療を指す。維持療法には殺細胞性抗腫瘍薬を用いる場合と分子標的治療薬を用いる場合があるが,前者の有効性は証明されていない。

d)二次化学療法(second-line chemotherapy)

再発時や初回化学療法に抵抗を示した場合に行う化学療法である。前回化学療法終了後から再発治療開始までの期間(treatment free interval;TFI)と再発癌に対する化学療法の奏効率は相関することが知られている。これまで,TFI が6 カ月以上の再発ではプラチナ製剤感受性,6 カ月未満の再発症例ではプラチナ製剤抵抗性と判断されてきた。しかし,分子標的治療薬の導入によりTFI の概念に齟齬が生じてきたことから,近年,プラチナ製剤による治療終了後から再発までの期間(platinum free interval;PFI)が6 カ月以上の再発症例をプラチナ製剤感受性,6 カ月未満の再発症例をプラチナ製剤抵抗性と呼ぶようになってきた(第3章 再発卵巣癌・卵管癌・腹膜癌参照)。プラチナ製剤感受性再発症例にはプラチナ製剤を含む多剤併用療法が選択され,プラチナ製剤抵抗性再発症例には前回治療と交差耐性のない単剤治療が推奨される。

2)分子標的治療薬・免疫チェックポイント阻害薬

血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)に対する抗体薬ベバシズマブは,進行卵巣癌に対して2013 年11 月に保険収載された。その使用方法は,初回治療例,プラチナ製剤感受性再発例,プラチナ製剤抵抗性再発例のいずれかによって異なる。特徴的な有害事象としては,出血,高血圧,蛋白尿,血栓塞栓症,創傷治癒遅延,消化管穿孔などが挙げられる。

ポリアデノシン5’ 二リン酸リボースポリメラーゼ(poly ADP ribose polymerase ; PARP)阻害薬であるオラパリブは,プラチナ製剤感受性再発卵巣癌に対して,プラチナ製剤を含む化学療法に奏効した患者の維持療法として2018 年1 月に保険収載された。その後,2019 年6 月にはBRCA1/2 変異陽性の進行卵巣癌における初回化学療法後の維持療法として効能が追加された。有害事象として,悪心,嘔吐の発現頻度が高く,十分な対策が必要である。さらに,グレード3 以上の貧血もしばしば認められ,定期的な血液検査が必要である。また,化学療法後に長期の維持療法を行うという薬剤の性質上,白血病や骨髄異形成症候群などの二次発がんに注意をすべきである。

ヒト化抗ヒトPD-1 モノクローナル抗体であるペムブロリズマブは,「がん化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」に対して適応とされている。本剤の卵巣がんに対する治療効果については,まだ十分な報告はされていない。特徴的な有害事象としては,間質性肺疾患,大腸炎,下痢,内分泌障害などが挙げられる。

3)遺伝子に関する検査7)

一般に遺伝子名はイタリックで示される(例:BRCA1 遺伝子)。本ガイドラインでは「遺伝子」の表記を省略し,イタリックのみで当該遺伝子を指すこととする(例:BRCA1)。また,BRCA1 およびBRCA2 の生殖細胞系列における変異を調べる検査をBRCA 遺伝学的検査と呼ぶ。

遺伝子の病的変異(deleterious mutation)とは,疾患の原因となる遺伝子の変化を意味し,deleterious variant,pathogenic variant ともいう。本ガイドラインでは単に「変異」とし病的変異を表す。遺伝学的検査の結果,BRCA に変異が認められた場合,「BRCA 変異」と呼び,「変異」と「バリアント」は同義とした。

がん遺伝子パネル検査は,生検や手術などで採取されたがん組織を用いて,がんに関連する遺伝子変異を複数同時に解析する検査である。標準治療がない,または,終了したなどの条件を満たす患者が対象とされ,次の薬物療法を探索するために調べる検査である。検査の一部は保険診療や先進医療で行われる。検査の結果,効果が期待できる治療薬が見つかった場合でも,それらの治療が保険診療で実施できるとは限らず,治験や保険適用外となる可能性がある。卵巣癌症例に対してBRCA 遺伝学的検査を行う際には,日本婦人科腫瘍学会による見解(https://jsgo.or.jp/opinion/02.html)を熟読した上で行うことを強く奨める。

4)副作用

有害事象共通用語規準(Common Terminology Criteria for Adverse Events;CTCAE)に基づき評価する。

参照:有害事象共通用語規準v5.0 日本語訳JCOG 版(JCOG ホームページ http://www.jcog.jp

5)臨床試験のエンドポイント(表4図1

一般に,臨床試験に用いられる progression free survival(PFS), overall survival(OS)は,randomization または試験登録日を起点とする。そのため,これまでの化学療法を用いた臨床試験では,手術療法終了後にrandomization が行われ,その時点から再発までの期間をPFS,死亡までの期間をOS としているものが多い。一方,PARP 阻害薬を用いた臨床試験では,初回化学療法にて complete response(CR) または partial response(PR) が得られた後にrandomization が行われ,その時点から再発までの期間をPFS,死亡までの期間をOS としているものが多い。

近年,初回治療または再発治療(OS が12 カ月以上あると推定される場合)におけるプライマリーエンドポイントは,OS ではなくPFS を用いることが可能とされている。しかし,その場合は TFST(time to first subsequent treatment) や PFS 2(time to second progression),TSST(time to second subsequent treatment), PRO(patient reported outcome) でサポートされたPFS を臨床試験のエンドポイントとして用いることが提唱されている8, 9)

表4 臨床試験で用いられる指標

図1 臨床試験のエンドポイント

基本的な使用薬剤と使用方法
  1. TC 療法(conventional TC 療法)
    パクリタキセル(T):175〜180 mg/m2 静注,day 1(3 時間投与)
    カルボプラチン(C):AUC 5〜6 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を3 週間毎,3〜6 サイクル
  2. dose-dense TC 療法(dd TC 療法)
    パクリタキセル(T):80 mg/m2 静注,day 1, 8, 15(1 時間投与)
    カルボプラチン(C):AUC 6 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を3 週間毎,6〜9 サイクル
  3. TC+Bev 療法
    パクリタキセル(T):175〜180 mg/m2 静注,day 1(3 時間投与)
    カルボプラチン(C):AUC 5〜6 静注,day 1(1 時間投与)
    ベバシズマブ(Bev):15 mg/kg 静注,day 1(90 分) *忍容性が良好であれば,2 回目60 分,3 回目以降30 分
    上記を3 週間毎,6〜8 サイクル,その後,ベバシズマブの維持療法を3 週間毎
  4. Weekly TC 療法
    パクリタキセル(T):60 mg/m2 静注,day 1(3 時間投与)
    カルボプラチン(C):AUC 2 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を毎週
  5. Olaparib 維持療法
    オラパリブ(O):プラチナ製剤を含む化学療法にてPR またはCR 後に300 mg を1 日2 回,経口
  6. DC 療法
    ドセタキセル(D):70〜75 mg/m2 静注,day 1(1 時間投与)
    カルボプラチン(C):AUC 5 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を3 週間毎,6 サイクル
  7. PLD-C 療法
    リポソーム化ドキソルビシン(PLD):30 mg/m2 静注,day 1(1 時間投与)
    カルボプラチン(C):AUC 5 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を4 週間毎,6 サイクル
  8. GC 療法
    ゲムシタビン(G):1,000 mg/m2 静注,day 1, 8(30 分投与)
    カルボプラチン(C):AUC 4 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を3 週間毎,6 サイクル
  9. シスプラチン単剤またはカルボプラチン単剤
    シスプラチン:75〜100 mg/m2 点滴静注,day 1
    あるいは
    カルボプラチン:AUC 5〜6 静注,day 1(1 時間投与)
    上記を3〜4 週間毎
  10. BEP 療法
    ブレオマイシン(B):20 mg/m2 または30 mg/body のどちらか少ないほう,点滴静注,day 2, 9, 16
    エトポシド(E):100 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    シスプラチン(P):20 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    上記を3 週間毎,3〜4 サイクル
  11. VeIP 療法
    ビンブラスチン(Ve):0.11 mg/kg 静注,day 1〜2
    イホスファミド(I):1.2 g/m2 静注,day 1〜5
    シスプラチン(P):20 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    上記を3 週間毎
  12. VIP 療法
    エトポシド(V):75 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    イホスファミド(I):1.2 g/m2 静注,day 1〜5
    シスプラチン(P):20 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    上記を3 週間毎
  13. TIP 療法
    パクリタキセル(T):175 mg/m2 静注,day 1(3 時間投与)
    イホスファミド(I):1.0 g/m2 静注,day 1〜5
    シスプラチン(P):20 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    上記を3 週間毎
  14. VA(C)療法(13 歳以下)
    ビンクリスチン(V):2.0 mg/m2 静注,weekly,8〜12 weeks
    アクチノマイシンD(A):400 μg/m2 静注,day 1〜5
    上記を4 週間毎 欧米での投与量であることに留意して施行する
  15. VAC 療法(14 歳以上)
    ビンクリスチン(V):1.5mg/m2(最高 2.0 mg)静注,weekly,8〜12weeks
    アクチノマイシンD(A):300 μg/m2 静注,day 1〜5
    シクロホスファミド(C):150 mg/m2 静注,day 1〜5
    上記を4 週間毎 *欧米での投与量であることに留意して施行する
  16. PVB 療法
    シスプラチン(P):20 mg/m2 点滴静注,day 1〜5
    ビンブラスチン(V):0.15 mg/kg 静注,day 1〜2
    ブレオマイシン(B):20 mg/m2 静注,day 2, 9, 16
    上記を3 週間毎
3. 放射線治療

悪性細胞の広がる可能性のある腹腔全体を治療するためには,照射域に消化管,肝臓,腎臓を含むため,十分な線量を照射できないなどの制約がある。このことから,主に再発時の症状緩和を目的として局所に対する照射が,患者の病態に応じて個別に行われる。脳転移に対する放射線治療は,通常の分割照射に加えて定位照射の有効性も報告されている。

Ⅴ Oncofertility

がん診療の飛躍的進歩により,がんを克服した患者の治療後のquality of life(QOL)にも目が向けられるようになり,Oncofertility という分野が注目されている。従来,妊孕性温存療法として,手術,放射線治療,化学療法による副作用で生殖能力が失われないように臓器の温存あるいは保護をしたり,生殖能力喪失が避けられない場合には治療開始前に生殖細胞(精子や卵子)を採取・保存したり,受精卵を保存しておくことが考えられてきた。若年者へのがん治療は卵巣や精巣などの機能不全,さらには生殖臓器(子宮,卵巣,精巣)の喪失により妊孕性の廃絶を伴う可能性もあり,患者はがん治療後に生涯にわたりQOL の低下に悩むことがある。このようにがん医療と生殖医療を結び付けた分野を,現在ではOncofertility(がん・生殖医療)と呼んでいる。がん治療のゴールは病気の克服であるが,それと同時に妊孕性の確保ということも,現在ではがん治療の中の一つの目標になってきている(日本がん・生殖医療学会ホームページ http://j-sfp.org/)。Oncofertility の大原則は,がんの治療が最優先されるべきであり,がん患者の治療を担当する医師によって妊孕性温存を考慮することが可能であると判断された場合においてのみ施行される治療であるということも,きちんと念頭に置くべきである。

がん治療による妊孕性低下の程度は,疾患と治療の種類により様々である。化学療法に関しては,ある種の薬剤は卵巣や精巣(睾丸)に毒性を示し,治療後に卵子や精子の機能が消失する可能性がある。このような可能性が高いと推測されるときには,配偶子・受精卵凍結保存,未熟卵採取・体外培養後の凍結保存(現時点では研究レベル),卵巣組織凍結保存(現時点では研究レベル,臨床試験が行われている),薬剤による卵巣休眠療法(効果については賛否両論)などがある。放射線治療に関しては,卵巣や精巣に対して一定量の放射線が照射されると妊孕性が大きく損なわれる。そのために,手術時の卵巣位置移動(妊娠には体外受精が前提),放射線照射野からの卵巣遮蔽(臨床試験が行われている),配偶子・受精卵凍結保存,未熟卵採取・体外培養後の凍結保存(現時点では研究レベル),卵巣組織凍結保存(現時点では研究レベル,臨床試験が行われている)などが考慮される。手術療法に関しては,婦人科がんでは,進行期などによって子宮や卵巣を摘出することが標準治療とされており,絶対的な不妊とならざるを得ないが,厳密な適応とインフォームド・コンセントの下で妊孕性温存治療が考慮される場合もある。

詳細は,日本がん・生殖医療学会ホームページ,本ガイドラインの妊孕性温存療法に関するCQ および『小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン』10)を参照されたい。

Ⅵ 緩和ケア

緩和ケアは2002 年に世界保健機関(World Health Organization ; WHO)により以下と定義されている11, 12)

「緩和ケアとは,生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL を,痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで,苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。」

「緩和ケアは

  • 痛みやその他のつらい症状を和らげる
  • 生命を肯定し,死にゆくことを自然な過程と捉える
  • 死を早めようとしたり遅らせようとしたりするものではない
  • 心理的およびスピリチュアルなケアを含む
  • 患者が最期までできる限り能動的に生きられるように支援する体制を提供する
  • 患者の病の間も死別後も,家族が対処していけるように支援する体制を提供する
  • 患者と家族のニーズに応えるためにチームアプローチを活用し,必要に応じて死別後のカウンセリングも行う
  • QOL を高める。さらに,病の経過にも良い影響を及ぼす可能性がある
  • 病の早い時期から化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて適応でき,つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む」

かつて緩和ケアは,1990 年のWHO による定義に記されているように,「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対するケア」と考えられていた。しかし近年は,早期から緩和ケアを腫瘍学的ケアと同時に行うことによる生存期間の延長,症状緩和の向上,不安・抑うつの減少,終末期の無益な化学療法の減少,家族の満足度・QOL の向上,ヘルスケア資源の利用率向上などの報告があり13-15),腫瘍学と緩和ケアの統合が有益とされている。米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology;ASCO)ガイドラインでは2012 年から進行・再発・転移性がん患者に対して16),2017 年からはすべての進行がん患者に積極的抗がん治療に平行して緩和ケアを開始することを推奨している17)。婦人科腫瘍専門医は診断や治療とともに,緩和ケアについても研鑽を深めることが重要である。

卵巣癌患者の緩和ケアにおける注意点は,多くの患者が薬物療法を中心とする再発治療を必要とし,慢性疾患の様相を呈することである18)。卵巣癌患者に生じる身体的苦痛としては,腫瘍自体や腹膜播種,腹水貯留に因ることが多く,腸閉塞症状,痛み,腹部膨満,便秘,呼吸苦などが挙げられる(CQ28, CQ29 参照)。

一方,卵巣癌で死亡した421 人の死亡前6 カ月間の鎮痛剤使用に関する調査19)では,死亡前5〜6 カ月は強オピオイドの使用率が9%だったが,死亡前1〜2 カ月では54%だったと報告されており,死亡直前までオピオイドを使用されていないことがうかがえる。患者の苦痛に注目し,オピオイド使用を含む苦痛緩和を積極的に図ることが重要である。オピオイド使用の具体例として,がん患者の呼吸苦に対してモルヒネを使用することは,日本緩和医療学会のガイドライン20)で推奨されている。治療用量でのモルヒネ使用は酸素飽和度の低下,呼吸抑制をきたさず21),死亡率の上昇も報告されていない。

このような鎮痛剤などの薬剤調整,症状緩和の基礎知識は「緩和ケア研修会」で習得するとともに,日本緩和医療学会によって各種症状に対する個別のガイドライン22)(がん疼痛,呼吸器症状,消化器症状,鎮静,輸液,泌尿器症状)が整備されている。

早期に多職種による緩和ケア的介入を行うことで,身体症状,精神症状のコントロールだけではなく患者・家族が中心の意思決定を支援することが可能となる23)。がんの積極的治療選択において効果・副作用の理解,現在の病状認識を確認しつつ,患者・家族の希望や状況に沿った選択をサポートしたり,終末期のあり方(治療内容,療養場所など)を事前に話し合い計画するアドバンス・ケア・プランニング(advance care planning;ACP)を促すことは,患者・家族の終末期QOL 向上につながる24)。死の30 日以上前に卵巣癌患者と終末期ケアの話し合い(end-of-life discussion)を行うことで,死亡14 日以内の化学療法が減少し,死亡前30 日以内の入院期間も短縮することが報告されている25)。また,トレーニングを受けたスタッフが関わる研究では,終末期に関する話し合いは抑うつや不安を増強させず26),むしろ終末期についての話し合いを家族と共有することが患者の死の不安を軽減させることが報告されている27, 28)。このように,患者・家族と医療者が何度も話し合い病状の情報共有を図ることは,現状と病状認識のギャップを埋め,治療中から終末期における患者・家族のQOL の向上につながる。

がん治療早期から終末期までの全人的苦痛に対応する現代の緩和ケア実施において重要なことは,症状緩和を十分に行うこと,患者の価値観や意向に沿ったケアのゴールを設定すること,そして患者と患者を取り巻くケアスタッフ(家族・医療者)間のコミュニケーションを充実させることである。主治医である婦人科医のみならず,緩和ケア専門スタッフなどとともに多職種チームとして対応することが,患者・家族へのよりよいケアにつながる。

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