肝癌診療ガイドライン2021 年版の外部評価

佐野圭二,伊佐山浩通**,國分茂博***
坂巻顕太郎,杉原健一††,原留弘樹†††

目的

今回の第5 版改訂においても,第4 版(2017 年)までのガイドライン公表の際と同じく外部評価を行った。平成14 年度に公益財団法人日本医療機能評価機構が開始したEBM 普及推進事業〔Minds(マインズ):Medical Information Network Distribution Service〕がガイドラインについて2014 年に定めた「診療上の重要度の高い医療行為について,エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価,益と害のバランスなどを考慮し,最善の患者アウトカムを目指した推奨を提示することで,患者と医療者の意思決定を支援する文書」1)という定義に照らし合わせて今回の内容を客観的かつ多角的に評価し,ガイドラインにフィードバックさせることが目的である。ただし今回も第4版に対する外部評価の際と同じくガイドライン公表直前に行われることとなり,次回改訂の参考とされることを目的とした。

評価方法

外部評価委員として,今回のガイドライン改訂に携わっていない肝臓専門評価者(肝癌専門医)3 名(内科,外科,放射線科各1 名),専門外評価者(肝癌診療を専門としないが臨床ガイドラインに精通する医師)として2 名(内科,外科各1 名)と生物統計専門家1 名の計6 名が選任された。その6 名によって独立した評価を行い,その評価を集積して解析した。

今回も診療ガイドラインを評価するツールとして,第4 版と同様AGREE II2)を用いて評価した(表1)。AGREE II においては領域別に質問が分類されており各質問項目について7 段階で評価する。AGREE II の領域は,「対象と目的(3 項目)」「利害関係者の参加(3 項目)」「作成の厳格さ(8 項目)」「提示の明確さ(3 項目)」「適用可能性(4 項目)」「編集の独立性(2 項目)」の6 領域(計23 項目)に分けられている。各項目は,総合評価の最後の質問を除いて,「全くあてはまらない(1 点)」から「強くあてはまる(7 点)」までの7 段階で評価される。そして最後に総合評価として2 つの質問があり,この2 つの質問のうち1 つはガイドライン全体の質を「低い(1 点)」から「高い(7 点)」までの7 段階で評価し,最後に「推奨する」「推奨する(条件付き)」「推奨しない」の3 段階で推奨度を評価する(表1)。各項目の評価点から各領域の満点を100%とした獲得点数をパーセンテージに変換したスコア(領域別スコア,scaled domain score)を計算し,そのスコアを基にガイドラインの優れている領域と劣っている領域を,各項目に記載欄が設けられているコメントとともに評価した。

今回の外部評価において,評価ツールも評価者も第4 版と同一である点から,今回の評価と以前の評価を比較し,さらに特記すべきと考えられる変化に関して記載を加えた。

表1 AGREE II での各項目におけるスコア率

Keiji Sano,帝京大学医学部外科学講座 教授
** Hiroyuki Isayama,順天堂大学大学院医学研究科消化器内科学 教授
*** Shigehiro Kokubu,新百合ヶ丘総合病院肝疾患低侵襲治療センター センター長
Kentaro Sakamaki,横浜市立大学データサイエンス推進センター 特任准教授
†† Kenichi Sugihara,東京医科歯科大学 名誉教授
††† Hiroki Haradome,北里大学放射線診断科 教授

結果

領域ごと,項目ごとの得点と領域別スコアを表1 に示す。各領域での専門外評価者の評価は,肝臓専門評価者と比較して,領域4「提示の明確さ」,領域5「適用可能性」でそれぞれ16%,20%ずつ低かった(表1)。評価者全体の領域別スコアを検討すると,領域2「利害関係者の参加(64%)」と領域5「適用可能性(53%)」が低評価であったが,総じて第4 版よりも改善している印象であった(図1)。

図1 領域別スコア

項目ごとの評価として,評価者全員で特に評価が低かった(スコア率60%以下)項目は4 つあり,第4 版の6 項目に比較すると減少した。領域2「利害関係者の参加」においては項目5「対象集団(患者,一般市民など)の価値観や希望が調べられた」が19%と第4 版よりもさらに低く評価された。第4 版同様ガイドライン改訂委員に患者代表が選ばれておらず,加えて日本肝臓学会総会での公聴会,日本肝臓学会ホームページ上でのパブリックコメント募集のいずれもが会員対象であったため,患者の声がいまだ反映できていない状況が改善されていないと判断されたことがその理由である。領域3「作成の厳密さ」では,項目11「推奨の作成にあたって健康上の利益,副作用,リスクが考慮されている」の評価が肝臓専門評価者(67%)と専門外評価者(44%)で分かれたが,特に専門外評価者から「利益の記載に比して合併症・副作用の記載に乏しいCQ が多い」と指摘された。領域5「適用可能性」では4 項目のうち2 項目で低評価であった。まず項目18「ガイドラインの適用にあたっての促進要因と阻害要因が記載されている(56%)」と項目20「推奨の適用に対する潜在的な資源の影響が考慮されている(33%)」では,第4 版同様移植医療,分子標的治療薬,粒子線治療など高度・高額医療において治療可能施設の充足度やコストベネフィット・保険適用に関する記載が不十分であると評価された。

第4 版と比較して高評価であった項目として,まず領域1 の項目1「ガイドライン全体の目的が具体的に記載されている」と項目3「ガイドラインの適用が想定される対象集団(患者,一般市民など)が具体的に記載されている」がある。いずれも今回巻頭の「総論」に明記されていることが評価された。また領域3「作成の厳密さ」の項目7「エビデンスを検索するために系統的な方法が用いられている(78%)」と項目8「エビデンスの選択基準が明確に記載されている(86%)」の評価は第4 版と比較して評価が上がった。これは巻頭の「改訂作業の実際(各論)」に文献検索式についての記載が復活したこと(項目7),そしてAbstract Table を用いたエビデンス評価の方法が詳細に記載されていること(項目8)を反映していると思われる。しかし評価者より今回使用した文献の検索エンジン(PubMed やCochrane など)を記載すべきと指摘があった。領域5「適用可能性」の項目21「ガイドラインにモニタリングや監査のための基準が示されている(61%)」においても評価が上がった。第4 版では全項目中最低評価であったが,今回「総論」に「出版後のガイドラインのモニタリング」との項目を立てて論じられ高評価となった。しかし専門外評価者からは「モニタリング・監査を具体的にどのように行うかに関する記載がない」などまだ不十分との評価(44%)であった。

肝臓専門評価者と専門外評価者を比較してその評価が20%以上乖離したものは,前述の領域3「作成の厳密さ」の項目11「推奨の作成にあたって健康上の利益,副作用,リスクが考慮されている」,領域5「適用可能性」の項目21「ガイドラインにモニタリングや監査のための基準が示されている」に加えて,領域5「適用可能性」の項目19「どのように推奨を適用するかについての助言・ツールを提供している」の3 項目であったが,いずれも専門外評価者の方が低評価であった(図2)。項目19 に関して特に専門外評価者から,誰でも理解できるよう教育ツール,患者向け解説サイドリーダー(Web 上で公開,パンフレット作成など),アプリなどを用意すべきとの意見が出された。総じて専門医向けに作成されていて,専門外の医師・患者にとって記述が不足している印象がもたれた。

図2 肝臓専門評価者と専門外評価者による各項目別スコアの相違

緑線:肝臓専門評価者と専門外評価者の評価が20%以上乖離したもの

その他,特筆すべきコメントを列挙する。まずガイドラインの題名であるが,「総論」で記載されているように肝内胆管癌の診療ガイドラインが上梓されたこともあり,このガイドラインもはっきりと「肝細胞癌診療ガイドライン」と変更すべきとの意見で一致した。

今回項目6 でガイドラインの利用者を「肝癌診療に携わる肝臓専門医・一般医師を含むすべての臨床医」と規定しているが,チーム医療を基本とし,またインフォームドコンセントのもと患者自身が治療法を選択する現在の医療において,ガイドラインの対象を他の医療関係者はもとより患者・一般市民も含めるべきとの意見でも一致した。さらに項目4 に関連して,ガイドラインの作成グループに緩和ケア・看護師・患者などからも選出すべきだとの意見が出された。また項目16 において,特に年齢に代表されるような患者の状況を加味した治療法の選択についての記載が委員から求められた。

全体的には各CQ のサイエンティフィックステートメントで推奨の根拠となった主なエビデンスの具体的な統計学的数値を記載してほしいとの意見や,アルゴリズムはCQ の結果を総括したものであるべきはずが「治療アルゴリズム」と章が作成されてアルゴリズムに関するCQ が設定され,さらにその後の治療法別のCQ においても一部重複したCQ が設定されている(移植の適応に関するCQ:CQ13CQ26,など),などの指摘があった。その他に細かい点であるが,文言の統一(特に検査に関する文言)がなされていないことも指摘された。

全体評価としては,「ガイドライン全体の質」のスコア率は83%と第4 版での75%を上回っており,「推奨するかどうか」の質問には,全員「推奨する」で,「推奨する(条件付き)」や「推奨しない」の評価はなかった。

まとめ

今回,肝癌診療ガイドライン2021 年版の外部評価をAGREE II に基づいて行った。次のガイドライン改訂の際に参考にしてもらいたいと考える提案を列挙する。

  • ガイドラインの題名を「肝細胞癌診療ガイドライン」と変更する
  • ガイドラインの対象集団を臨床医だけでなく患者含め一般市民にまで広げるとともに,そのような人にもWeb 上でのサイドリーダー・パンフレット・アプリなどを用いてわかりやすく解説する
  • ガイドライン改訂委員につき,緩和ケア・看護師・患者などからも選出する
  • 当ガイドラインのモニタリング・監査の方法を具体的に決めておく
  • 各CQ の推奨文を導き出したエビデンスにつき,より詳細にサイエンティフィックステートメントで説明する
  • ガイドラインの適用にあたっての促進要因と阻害要因(コストなど),施設資源・医療経済の観点(特に移植医療・分子標的治療薬・粒子線治療などにおいて)の検討をさらに加える

引用文献

1)
森實敏夫,吉田雅博,小島原典子編.Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014,東京,医学書院,2014.
2)
Brouwers M, Kho ME, Browman GP, et al. AGREE II: Advancing guideline development, reporting and evaluation in health care. J Clin Epidemiol. 2010; 63: 1308-11. PMID: 20656455